メキシコの高原に住むウイチョル族(Huichol)は幻覚性植物のペヨーテを服用して神話世界と自由に交流する儀式を行なう事で知られています。

 

イニシエーションにはじめて参加するウイチョル族の若者は身を清め、断食をして村から約550km離れたペヨーテが自生するウイリクタ(wirikuta)まで苛酷で辛い巡礼の旅に出ます。

長く苦しい旅の末、ようやく目的地の山中にたどり着きます。そこでマラカメと呼ばれる呪術師によって強い苦みがあるペヨーテを食べる神聖な儀式がおこなわれます。 

 

満天の星空の下、ペヨーテを食べて聖なる焚き火タテワリを見つめていると生命の根源の力が大地から満ちあふれて、無数の光と色彩がリズミカルなダンスを繰り広げます。荘厳なヴィジョンの中で参入者は世界の秘密を知るのです。 

ウイリクタはペヨーテ狩りをする土地の名だけでなく先祖の住む世界も意味します。それは大地に織り込まれている全ての命や物質を創造するエネルギーの場でもあります。アボリジニはそれをドリームタイムと呼びました。

 

『いつの日かすべての人が、ペヨーテを摂ったときにお前が見たような「ウィリクタ」にたどり着くことになるだろう。そのときには「最初の人」たちが戻ってくる。大地は浄められ、水晶のように輝くだろう。私にはまだそれがはっきりと完全に見えていない。でもあと五年もすれば、もっと高い世界が開かれて、私もそれをくまなく見ることになるだろう。世界は終わりを迎え、地上に統一がもたらされるだろう。しかし、それは浄いウィチョルだけしか体験できない。

世界が終わるとき、ちょうどペヨーテ狩りのあいだ、いろいろなものの名前が変わってしまったような状態になる。あらゆるものが変化をおこし、すべてのものが今ある状態とは反対のものに変わる。

いまは天には太陽の神と月の神という「二つの目」がある。しかし世界の終わりのとき、月の神の目が大きく見開かれ、今よりも強く輝くようになる。太陽の神の力は弱くなる。そのときには、ものの区別は消えていく。男と女の違いもない。子供と大人の区別もない。すべてが今ある場所から抜け出していく。呪術師ですら、特別じゃなくなる。われわれがウィリクタに行くときには、かならず役割の転換をしなけりゃならないのは、そのためだ。なぜなら、老人も赤ちゃんも、同じ存在だからだ。』(ウイチョル族の呪術師ラモーン) 

 

 

ウイチョル族のニエリカ(神の顔)と呼ばれる毛糸絵 (nierika)には二つの道が描かれていました。左の道では大きな棘に刺し貫かれる試練を受けます。欲望のままに生きた者はむち打たれ、火に焼かれ、岩に打ち砕かれ、虫がわく汚水を飲まされます。魂は苦痛をともなう長い試練をくぐりぬけて、ようやく浄らかな右の道に戻る事ができました。

右の道では動物や鳥に許しを乞わなくてはならず、聖なる動物の肉を食べた事がない事を証明したのち命の根源を象徴する毛虫に出会って旅を終えます。ようやく先祖の住むウィリクタに融合できたのです。 

 

私たちは母親から分離したとたん世界から切り離され、孤独と不安の中に突き落とされます。私たちはこの世で苦しみから逃れようと、あらゆる行為を無我夢中で繰り返しています。全体に戻ろうと葛藤しているのです。

 

70年代、物質的な世界の物の見方しかしない自分たちの文化に疑問を抱いていた若者にとってカスタネダの「呪術師と私・ドンファンの教え」はバイブルとなりました。たちまちカスタネダの師ドン・ファンは精神世界のグルとなりました。

 

私たちが見る事を妨げているのは言葉による思考の分析作用です。カスタネダはおしゃべりで内的経験を損なっていました。あるがままの自分を感じるのではなく、しゃべりまくることでそこから逃げてしまっていました。物事を全体性の中であるがままに理解することをドンファンは『世界を止めて見る』と言いました。 

 

文化人類学者の卵だったカスタネダはいつもペンを持ってノートを取るので、「ノートブックは、いわばおまえのひとつの呪術だ。」と呪術師にからかわれました。

 

合理的な解釈でしか世界を見ない頑固なカスタネダに呪術師のドンファンは神話世界を体験させるためカスタネダにペヨーテを食べさせました。世界をあるがままに見ようとしないカスタネダは最初に「見る」ことを学ばなければならなかったのです。 

先住民の文化には分離したリアリティを再び統合させる儀式が見られます。

 

ウイチョル族のペヨーテ狩りに出かけるのは主に男性で女性達は村で男達の無事を祈って帰りを待ちます。ある学者が「女性は秘密の智慧を得ることを許されず、いつも村で留守番は不公平ではないか?」と出迎えの女性に尋ねました。 

「男達はかわいそうにあんなにまでしなければ、智慧に近づくことはできないんだよ。ところが女は自然のままにそれをしっているのさ。」とその女性は笑いながら答えました。 理屈や論理、分析は男性的で左脳の特徴でもあります。 

 

ウイチョル族には夫が妻の出産を疑似体験する出産儀礼が報告されています。 

「ウイチョルの伝統では、女性が初めて子供を出産するときには、夫は妻の真上で、家の天井付近にまたがり、自分の陰嚢に紐をくくりつけて待機することになっている。妻は陣痛に襲われるたびにその紐を強く引っ張り、それによって夫は彼女の苦しみを共有しながら、子供を得る喜びを経験することが出来るのである」 

 

ウイチョル族のペヨーテ儀式はアステカを滅ぼしたスペイン人のキリスト教宣教師たちの度重なる禁止令にも関わらず今日まで生き延びました。

 

アメリカではNative American church (NAC)を設立した北米のアメリカインディアンの信者に限って宗教儀式におけるペヨーテの使用が認められています。