【引用】
p.12
日本の殺伐としたシステムと生活にあって、私たちは多くのものを失ないつづけているが、「静かに深く考える時間、静かに深く感じる時間」の喪失は極めて重要な問題だと思う。
南山南路、西域北道を経て進むシルクロードの苛酷な日々にあって、私は「静かに深く考える時間、静かに深く感じる時間」を取り戻したような気がする。
【感想】
日常を振り返ると、「静かに深く考える時間、静かに深く感じる時間」なんてほとんどないなと感じる。
最近、1時間以上待たされる出来事があった。
9:40の映画を観るために、9:00開店の映画館に行ったら、「チケット販売のシステムエラーで10:00開店、映画は10:40開始」と言われた。
いつもの私なら、待つ時間がもったいないので、帰って他のことをする。
でも、「静かに深く考える時間、静かに深く感じる時間」という言葉がずっと頭から離れなかった私は、いつも取らない「待ってみる」という選択を取ることにした。
開店前のイオンモールのソファに座り、ただ天井をぼーっと見ていた。
ぼーっとするのに飽きたら手持ちの本を開いた。
私と同じように待ちぼうけをくらった人たちを観察したりしていたら時間はすぐに経った。
ひとつ新しい発見があった。忙しい中見るSNSはあんなにやめられないのに、時間が空いて「いざ!」と思って見るSNSは全く面白くなく、全然時間を潰せなかったということだ。