「想像力」について考えたい。
今、クラウディア・ドゥラスタンティの小説を読み始めた。タイトルは『異邦人』。誰から見た異邦人なのか?私は日本に居れば異邦人ではないが、外国に行けば異邦人になる。この作者は何人でどのような立場なのか?それが知りたくて巻末の作者紹介を見た。彼女は「ニューヨークのブルックリンのイタリア人コミュニティに生まれる。」と書いてあった。それはいいとして…
作品紹介に『いつの日かきみの家の窓に石を投げに行くよ』があった。そのタイトルを見て違和感を覚えた。
なぜ、『いつかきみの家の窓に石を投げに行くよ』にしなかったのか?『いつの日かきみの家の窓に石を投げに行くよ』だと少し長くない?編集者や翻訳者との間でこんな議論があったりしただろうか…私は想像する。
しかし、こんなくだらない想像に何の意味があるだろうか?
想像力は、人が平和に生きる上で必要だ。人間は唯一言葉でコミュニケーションをとる動物で、言葉は想像力なくして使うと争いの種になる。みんながみんな、相手のことや自分の置かれている状況を想像せず思ったことをすぐに言葉にすれば、世の中は喧嘩で溢れ返るだろう。
私は読書を通して想像力を養い、生活を平和なものにしているのだろうか?
それとも、結婚もせず恋人も持たず、日々読書に勤しみ、時間を無駄に過ごしているのだろうか?