新潟県長岡市の

 

 

 

「金峯神社」

 

 

 

 

金峯神社御朱印

6月の月替わり「信濃川」

 

 

 

和銅二年(709年)四月元明天皇の勅願により、北国鎮護のため大和国吉野(奈良県吉野)の蔵王権現を古志郡楡原(新潟県長岡市楡原 現在蔵王社鎮座)の地に勧請したのがその創建と伝えております。

 

大伽藍を建立し、寺院数ヶ寺、修験者秋葉三尺坊を始め三十八坊僧徒・山伏修験者を数千人有する巨大な勢力で、その勢力は北陸から奥州まで及んだといいます。

 

秋葉三尺坊はこのあと信州戸隠にて修業の後、遠州にて一大修験勢力を築きました(秋葉山本宮秋葉神社)。後に蒲原地方の豪族と戦い破れ、大伽藍寺院は焼失し、仏体を守護して三島郡矢田(新潟県長岡市矢田 現在神明神社合祀)に隠遁します。

 

明治維新に入り神仏分離の指令を受け、神祇と決し金峯神社(きんぷじんじゃ)・御祭神金山彦命と定め、新潟県最初の県社に列します。

 

明治4年(1871年)大小区制が施行されると共に氏子の大半を分離されます。

 

明治四十年火災により社殿炎上するが、大正二年建立されました。

 

昭和二十一年社格廃止されます。平成十五年に火災により拝殿全焼し、翌十六年には中越大地震の大被害を受けるも平成十七年に拝殿竣工。平成二十一年御創建1300年祭を斎行します。

 

 

 

 

6月まで大祓が行われました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花手水

 

 

 

 

 

 

 

位置情報

新潟県長岡市西蔵王2-6-19