おはようございます
お変わりないですか?
お蔭さまで私もごくごく平凡でございます
さて、桐生出身の人気俳優の大島璃乃さんの記事が
12/12(金)の読売新聞朝刊(東京版)の「ふるさと」のコーナーに載っています
拝読しましたが
校内マラソン大会や
俳優を目指すきっかけとなったこと
地元・桐生への思い
など
大島さんの秘めている熱い思いに
感銘を受けました
読売新聞オンラインでまだ読めるようですので
まだのかたは是非ともお読みになってくださると
私も嬉しいです
大島璃乃さん
これからもずっとご活躍ください
応援しています!
では、セルフリクエストに参ります
今朝の1曲は
桐生にゆかりのある
由紀さおりさんの「夜明けのスキャット」です
では、どうぞ
「がぶカフェ」は今日も春夏冬中です
ありがとうございました
人生3割
今日も佳き日でありますように!
では!
おはようございます
がぶ飲みです
お元気でしょうか?
さて、今朝のタイトルは「なくなったモノ」とのことなんですが
何でしょうね?
先週に
三宅さんの「「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか」
の感想を上げましたが
内容からで申し訳ないですけど
HSPの記述のトコで
人のことを聴いたり、聴いてもらうことがかなり減ってしまったとのご指摘で
そうだなーと思いました
傾聴ということがいわれますが
コスパやタイパの超効率重視で
もう正味だけあればいい
いわゆる余白がなくなってしまったのではないか
どんなにデジタルとかが進んでも
人間は本来とてもアナログなモノです
さらに、その一方で
そのHSPだけではないでしょうが
自分は今こうなんだということを聴いて共感してほしいのが中心なのに
こう対処したら?とか
場合によっては却って攻められたり
そんなの自分でなんとかしなさいみたいなことを言われたりしてしまう
うーん🤔
私自身もそうしてしまいそうで
確かにそういう聴かないで
すぐに思いついたことや答えだけを伝えてしまうことがけっこうあること
つまりは反射的に問題解決型思考とでもいいますか
答えがわかればいいでしょみたいな
人のこと、いってみれば
起きている内容のことを
しっかりと考えられなくなった背景がかなり色濃いことをカンジましたね
そして
さらにまた別の観点のお話で
鑑賞でも読書でも聴くことでも話すことでも
その作品でも何でも
まずまっさらな状態で触れてみるのもいいわけですが
その次の段階として
「味わい方」の技術があり
その技術に基づいて味わうことの楽しさや面白さが存在するわけですね
それは確かにひとつあるなと思いました
まとめると
①超効率重視で余白がなくなってしまった
②問題解決型思考で内容までしっかりと考える余裕がなくなってしまった
③「味わい方」の技術という考えが弱くなってしまった
ということです
今朝のお話はいかがでしたでしょうか
では、セルフリクエストに参ります
今朝の1曲は
AIさんの「Story」です
では、どうぞ
「がぶカフェ」は今日も春夏冬中です
ありがとうございました
人生3割
今日も佳き日でありますように!
では!






