その日のM市は前日の雨でまだ路面も草木も濡れていて、ここ数日のような暑さは内輪になっていた。朝、明るくなるのも遅くなり、もうこの地方でのお盆が来ることを私は意識した。

いつものコンビニ。すっかり通い慣れ、私も上得意様だろう。本当にいつもどおりにコーヒーを一杯。ただ、ホットかアイスかはその日次第だ。

「今日はホット?アイス?」

彼女はそっけなく聞いてくる。今朝はホットにしてしまった。理由は冷たいのが飲みたくないだけ。

ホイホイともう手の中に用意した小銭で会計して、彼女は私にレシートとコップを渡す。そこまでがルーティーンのようだ。

金縁眼鏡にエプロンをして、ストレートのショートヘアを高校生のビビリ染め程度に済ましている。先ほどまで品出しに店内をペタペタと歩いていた。


ーートントン
スーパーで買い物をしていた私は買い物カゴを持ってフロアを歩きながら、隣に並行して歩いている女子に気づいた。金縁眼鏡のペタペタと歩く仕草、ストレートパーマはかけられないので、やや癖のある髪の毛を後ろで綺麗にまとめていた。時期は夏休み。私の高校はアルバイトが禁止だったため、勉強がないときはこうして買い物をするくらい暇だった。

前方に3人くらいのやはりアルバイトの女子生徒が背中を向けて集まっている所まで、私と隣の女子は並行していた。ふいに彼女が集団のうち、私の真ん前にいる女子の肩を指でトントンと叩いた。その女子が振り返ると全面に私がいるという寸法で、あのときのドン引きしている表情は生涯忘れないだろうが、そのアルバイト店員たちに笑い種にされたのはいうまでもなかった。


私が夜ごはんのあとかたづけを済ませたころ、彼女は出かける前に必ず眼鏡の手入れをする。そうして、鏡で自分の姿をチェックすると、

「じゃあ、明日はお墓の掃除をよろしくね」

と私に声をかけた。そのしぜんな声は私には心地よかった。私のほうはもう寝るだけなのだが、休みの日以外の彼女には独特の心の形があるようだ。

私がそういう嘲笑を受けていることを父親は最後まで気に病んでいたことを思い出す。そうか、お盆か。そんなことでボーッとしていると、彼女はホイホイともう支度を済ませ、出発してしまった。玄関を開けて彼女の後ろ姿を見ると、相変わらずペタペタと歩く姿が闇の中に吸い込まれていくようで、ふと、明日の朝はアイスコーヒーにすることを決めて戸を閉めた。