自分がひとびとと接していて特に驚く価値観に、

 

「今を大切にする」考えがあります。

 


 

 

個人差もあるので一括りにこうだ、とは言えないし、

一部のひとと接しただけで文化を語れるとは思いません。

 

以下、個人的に思うことを書きます。

 

 

 

 

 

首都での語学訓練のガボン人(キリスト教徒)の先生が、

 

「私たちの文化は、過去や、現在は大切にするけれど、

 

未来は神のみぞ知ると考えている。未来の計画をたてることはあっても、

 

最終的にそれが叶うか決めるのは神なんだよ」と(いうようなことを)

話していました。

 

 

 

 

 

以前、農家と一緒に撮った写真を印刷して何かのときにあげたことが

あります。

 

 

 

(写真は任地でも1枚500F(100円)で印刷可能です。

 

高いと感じますが、しかし写真は好きなようで

需要けっこうあるようです。)

 

 

 


「君の分も印刷したの?」

 


「いや(ちょっと高いので)私はデータをとっておいて後で印刷するよ」

 


「どうして??記念にとったのに君は意地悪だ!」

 


「あとでちゃんとやるのになぜ怒るの?

 

日本人は未来のことも考えるし、ちゃんと実行するよ」

 


「未来はどうなるかわからないから今が大切なんだ」

 

 

 

と言い合いをしたことがあります。

 

 


 

今のこの瞬間の関係を大切にするために、

 

2枚印刷して大切にとっておくのが、

仲の良い(?)証と考えるようです。

 

 

 


「自分もガボンの文化を理解するように頑張るけど、

 

私の考えも理解してほしい。別に嫌いなわけじゃない」

 

と説明しました。

 

 

 

ガボンでは言い合いや喧嘩をしても(日常茶飯事?)

 

あとをひくわけではなくさっぱりしていて、

 

次の日にはこれまでと変わらず笑っていることも多いので、

 

そのときも特に仲が悪くなったわけではありませんが、

 

 

 

考え方が違うんだなあと思った瞬間でした。

 

 

 

 

 

活動をしていても、明日やろうと話していて

 

当事者来ずということもよくあり、困惑もしますが、

 

今、約束したその関係性を大切にすることを優先する考えなのかしらと

 

思ったりもします。

 

 

 

 

 

未来があまり重要でないということは、

 

順序立てて計画を立てて、そのとおりにするために頑張る、ということは

 

日本人の感覚と同じようにはいかず、やや難しそうです。

 


 

 

その考えが、宗教の教えによるところが大きいのか、

 

努力をしても現状が変わらない、

社会の中での制限要因が多い背景があるのか、

 

(アメリカンドリームの逆?)

 

まだよくわかりませんが、

 

自分が人々と接するときに

 

理解する姿勢を失わないようにしなければなあ・・・と思います。