メモリースポーツのトップ選手はどれぐらいすごいのか?――人間の記憶力の限界に挑戦する達人たち

メモリースポーツのトップ選手の記憶力を初めて知った人は、おそらく「本当に人間なのか?」と思うかもしれない。

普通の人なら、電話番号や買い物リストをいくつか覚えるだけでも苦労する。しかし、世界トップクラスのメモリーアスリートになると、意味のない数字、ランダムな単語、トランプ、二進数などを、短時間で何百、何千という単位で記憶してしまう。

しかも、ただ覚えるだけではない。覚えた後に正確な順番で再現しなければならない。

例えば、現在の世界記録級の数字記憶では、5分間で600桁を超える数字を記憶する記録が存在する。世界大会の記録一覧には、5分間で642桁の数字を記憶した記録や、1時間で4,620桁を記憶した記録も掲載されている。

これは、単純計算すると、1時間で4,000桁以上の数字を記憶するということである。

一般の人が数字を一つずつ「7、3、9、1……」と覚えようとすれば、すぐに混乱するだろう。

しかしトップ選手は、数字をそのまま覚えているわけではない。

「脳の使い方」が普通の人と違う

メモリースポーツの選手が使う代表的な技術に、場所法、イメージ法、ストーリー法などがある。

例えば「583」という数字を覚える場合、583という数字そのものを何度も繰り返すのではなく、あらかじめ決めたイメージに変換する。

そして、そのイメージを頭の中の「場所」に置いていく。

自宅の玄関、廊下、リビング、キッチンなどを記憶の場所として利用し、数字やカードを次々と配置していくのである。

つまり、トップ選手は「大量の情報を丸暗記している」というより、「大量の情報を素早く意味のある映像へ変換して整理している」と考えたほうが近い。

トランプを何秒で覚えるのか

メモリースポーツの中でも、特に驚異的なのがトランプの記憶である。

52枚のトランプをランダムに並べ、それをすべて記憶する。

普通の人なら、10枚程度でも順番が分からなくなってくるかもしれない。

ところがトップ選手は、1組52枚をわずか十数秒で記憶してしまうレベルに達している。

実際、世界記録として13秒台という驚異的なスピードカード記録が残されている。2017年の世界大会では、Zhou Lujian選手が13.96秒という記録を打ち立てたことが公式大会サイトにも記録されている。

つまり、1枚のカードを見る時間が平均すると約0.27秒しかない。

「カードを見て、考えて、覚える」という普通の感覚では、とても追いつかない。

まさに「見る→変換する→配置する」という一連の作業が自動化されているのである。

1時間でトランプ何組?

さらに驚くのが長時間記憶である。

世界大会では「1時間カード」という種目が行われてきた。

過去の世界記録級の成績では、1時間で2,500枚を超えるカードを記憶した記録が掲載されている。これはトランプに換算すると約48組分にもなる。

つまり、普通のトランプ1組を覚えるだけでも大変なのに、トップ選手はそれを何十組も扱うことができる。

これは単なる「暗記力」では説明できない。

膨大な情報を整理するための、非常に高度な記憶システムを頭の中に構築しているのである。

数字だけではない

メモリースポーツの恐ろしさは、数字だけではない。

人の顔と名前、ランダムな単語、抽象的な画像、日付、二進数など、さまざまな種類の情報を競技として扱う。

例えば「名前と顔」の種目では、短時間に多数の人物の顔と名前を覚える必要がある。

「この人の名前は何だったか?」という日常生活でも難しい作業を、競技として極限まで高めているのである。

また、ランダムな単語についても、15分間で300語以上という過去の世界記録がある。

これは「意味のある文章」を読むのとは違う。

互いに関係のない単語を大量に覚えるのである。

では、トップ選手は「超能力者」なのか?

ここが最も興味深いところである。

トップ選手が全員、生まれつき異常な記憶力を持っているわけではない。

もちろん、個人差や才能はある。

しかし、メモリースポーツでは「記憶術を身につけ、繰り返し訓練する」という要素が非常に大きい。

実際、世界大会では「1時間で1,000桁の数字」「1時間で10組のトランプ」「1組のトランプを2分以内」といった基準を満たした選手が、International Master of Memoryとして認定されている。

つまり、トップ選手の能力は突然変異のような特殊能力ではなく、訓練によって到達可能な領域がかなり含まれている。

だからこそ面白い

メモリースポーツを知ると、「自分は記憶力が悪い」と簡単に決めつけることができなくなる。

普通の人は、情報を文字として覚えようとする。

しかしメモリーアスリートは、情報を映像に変換し、場所に置き、物語にし、順番を決めて管理する。

つまり、同じ脳でも「使い方」が違うのである。

例えば、10個の単語を丸暗記するのではなく、一つの物語にしてみる。

数字を意味のあるイメージに変換する。

さらに、そのイメージを自宅の各場所に配置する。

これだけでも記憶の感覚は大きく変わってくる。

トップ選手が教えてくれること

メモリースポーツのトップ選手を見ていると、人間の脳には私たちが普段考えている以上の可能性があることに気づかされる。

何千桁もの数字。

何千枚ものカード。

何百もの単語。

何百人もの顔と名前。

普通の生活をしている人からすれば、想像を超えた世界である。

しかし、その能力の根底にあるのは、「情報を覚えやすい形に変換する」という極めて合理的な考え方だ。

トップ選手は、記憶力がいいというより、「記憶する技術」が極限まで磨かれているのである。

もちろん、誰もが世界チャンピオンになれるわけではない。

しかし、場所法やイメージ法などを練習すれば、一般の人でも記憶の仕方は大きく変えられる。

人の名前を覚える。

数字を覚える。

資格試験の内容を覚える。

仕事の手順を覚える。

買い物リストを覚える。

こうした日常的な記憶にも、メモリースポーツの技術は応用できる。

世界トップ選手の記録を見ると、記憶力というものは「才能だけで決まるものではない」ということが分かる。

彼らは、人間の記憶能力を限界まで鍛え上げた存在なのである。

そして最も興味深いのは、その一部の技術が私たち一般人にも使えるということだ。

何千桁もの数字を覚える必要はない。

52枚のトランプを十数秒で覚える必要もない。

まずは10個の単語を覚えてみる。

次に20個。

そして30個。

少しずつ練習していけばいい。

メモリースポーツの世界は、単に「すごい人を見る競技」ではない。

「人間の記憶力は、訓練によってここまで変わるのか」

という可能性を見せてくれる世界でもある。

トップ選手の記録は、私たちに一つの重要なことを教えてくれる。

記憶力とは、単なる生まれつきの才能ではない。

技術であり、訓練によって磨くことのできる能力でもある。

だからこそ、メモリースポーツは非常に奥が深く、そして人間の脳の可能性を感じさせてくれるのである。