記憶術「場所法」――頭の中に「記憶の棚」を作れば、驚くほど多くの情報を覚えられる
「もっと記憶力が良かったらいいのに」
誰でも一度くらい、そう思ったことがあるのではないだろうか。
勉強、仕事、資格試験、人の名前、数字、商品の特徴など、私たちは日常生活の中で大量の情報を覚えなければならない。しかし、覚えようとして何度も読み返しているのに、次の日になるとすっかり忘れていることも珍しくない。
そこで非常に面白い記憶術として知られているのが「場所法」である。
場所法とは、覚えたい情報を、自分がよく知っている「場所」と結びつけて記憶する方法だ。
例えば、自宅の玄関、廊下、リビング、テレビ、ソファ、キッチン、冷蔵庫などを、記憶を置くための「場所」として利用する。
そして、それぞれの場所に覚えたい情報を置いていく。
例えば、「りんご、時計、犬、銀行、傘」という5つの言葉を覚えるとする。
まず自宅の中を頭の中で思い浮かべる。
玄関には巨大なりんごが置いてある。
廊下には巨大な時計が立っている。
リビングには犬がソファに座っている。
テレビの画面には銀行が映っている。
キッチンには巨大な傘が開いている。
このように、実際の場所と覚えたい情報を結びつける。
すると、後から「何を覚えたんだっけ?」と考えたときに、頭の中で自宅を歩いていけばいい。
玄関を見る。
「りんごがあった」
次に廊下を見る。
「時計があった」
リビングを見る。
「犬がいた」
このように、場所を順番にたどることで、記憶を引き出していく。
これが場所法の基本である。
場所法の面白いところは、「覚える対象」そのものを直接覚えようとしない点にある。
例えば10個の商品名を覚えるとする。
普通なら商品名を何度も繰り返して暗記するだろう。
しかし場所法では、商品名を自分の知っている場所に配置する。
「玄関には商品A」
「靴箱には商品B」
「廊下には商品C」
「洗面所には商品D」
というように、記憶のための「住所」を作るのである。
これによって、バラバラの情報が整理された状態になる。
場所法を強力にするポイントは、「場所を具体的にすること」である。
単に「玄関」と考えるだけではなく、「玄関のドア」「靴箱」「傘立て」「玄関マット」など、細かい場所を設定していく。
例えば20個覚えるなら、20個の場所を用意する。
自宅だけでは足りなければ、職場、通勤経路、近所の道、よく行く店などを利用してもいい。
重要なのは、「自分がよく知っていて、頭の中で簡単に思い浮かべられる場所」を使うことだ。
さらに、覚える対象を普通に置くだけではなく、できるだけ「強烈な映像」に変えると効果的である。
例えば「車」という情報を覚える場合、駐車場に普通の車が止まっているところを想像するだけではなく、「巨大な車が家の屋根を突き破っている」というような、あり得ない光景にする。
「魚」なら、リビングのソファから巨大な魚が飛び出してくる。
「時計」なら、玄関いっぱいに巨大な時計が置かれている。
このように、現実にはあり得ないほど大きくしたり、派手に動かしたり、奇妙な状態にしたりする。
なぜなら、普通の光景は他の記憶に埋もれやすいからだ。
一方で、「玄関に巨大な魚がいる」という異常な光景は、強い印象として残りやすい。
場所法は、資格試験や受験勉強にも応用できる。
例えば歴史の出来事を覚える場合、歴史上の人物や事件を自分の部屋の中に配置していく。
「玄関に人物A」
「廊下に事件B」
「リビングに人物C」
「キッチンに事件D」
というようにする。
さらに、人物Aが人物Bと戦っている、事件Cがテレビ画面から飛び出している、といったストーリーを加えてもいい。
すると、「場所」と「映像」と「情報」が結びつく。
法律や経済など、覚えることが多い資格試験でも同じである。
例えば重要な用語を自宅の各場所に配置しておけば、試験前に頭の中で家を歩くようにして復習できる。
数字を覚える場合にも応用できる。
ただし、数字はそのままではイメージしにくい。
そこで数字を別のイメージに変換したり、数字に意味を持たせたりしてから、場所に配置する。
例えば「2026」という数字を覚えるなら、「20人の人が26個の箱を運んでいる」といった具体的な光景にして、その光景を玄関に置く。
こうすることで、数字が単なる抽象的な記号ではなくなる。
場所法を使うときに大切なのは、「自分の中に記憶のルートを作ること」である。
例えば、
玄関
↓
廊下
↓
リビング
↓
テレビ
↓
ソファ
↓
キッチン
↓
冷蔵庫
というように、必ず一定の順番で移動する。
この順番を固定しておけば、思い出すときも同じルートをたどることができる。
つまり、自分の頭の中に「記憶専用の道」を作るのである。
そして、場所法でさらに重要なのが「思い出す練習」だ。
情報を配置しただけで終わってはいけない。
一度資料を閉じて、頭の中で玄関から歩いてみる。
「玄関には何があった?」
「廊下には?」
「リビングには?」
と、自分自身に質問する。
思い出せなかった場所があれば、もう一度イメージを作り直す。
この「思い出す」という作業を繰り返すことで、記憶をより強くしていくことができる。
最初から何百個もの情報を覚えようとする必要はない。
まずは5個から始めればいい。
次に10個。
慣れてきたら20個、30個と増やしていく。
重要なのは、場所と順番をしっかり固定することである。
場所法は、決して「記憶力の天才だけが使える特殊な技術」ではない。
むしろ、誰でも練習できるシンプルな方法である。
私たちは普段から、知らないうちに場所と記憶を結びつけている。
「あの店の前で友人に会った」
「駅の近くで財布を落とした」
「学校の教室で先生に怒られた」
というように、出来事は場所と一緒に記憶されることが多い。
場所法は、この性質を意識的に利用する記憶術なのである。
記憶力を高めるために、ただひたすら繰り返して暗記する必要はない。
「どこに置くか」を決める。
「どんな映像にするか」を考える。
そして「その場所を頭の中で歩く」。
この3つを意識するだけで、記憶に対する考え方は大きく変わる。
人間の頭の中には、巨大な記憶倉庫を作ることができる。
その倉庫の棚として使えるのが「場所」なのだ。
覚えるのが苦手なのではない。
もしかすると、これまで「記憶の置き場所」を作っていなかっただけなのかもしれない。
場所法とは、頭の中に自分専用の「記憶の道」を作る技術である。
その道を何度も歩いていけば、必要な情報をいつでも取り出せるようになる。
記憶とは、単純に詰め込むものではない。
整理し、映像化し、場所に置き、そこから取り出す。
この仕組みを身につければ、これまで「覚えられない」と諦めていた情報にも、違ったアプローチができるようになる。
場所法は、誰でも今日から始められる、非常に実践的な記憶術なのである。