去年からのこのブログでも自分の事を「勢いがなくなった」とか「落ち着いた」とか心の変化を色んな言葉にして書いてきたのですが、自分自身で明らかに無くなってきてる部分として「欲求」というものがかなり失われてしまってるなあとどうしても感じてしまう訳です。まあ「もっと寝たい」とか「お腹が空いた」とかそういう根本的な欲求はあるんですけど、表現したい!!という欲求が本当に自分の中から出てこなくてちょっと困っている。色んな事をちゃんとやっていこうという気持ちはあるのですが、大槻ケンヂさんではないけど「表現したいという欲求」だけあって、一体何を表現したいのかなんて僕には根本的になかったような気もしてる。昨日ふとライジングサンフェスでの12年前の銀杏ボーイズのライブの映像があったので観た(この年は自分も出演していたので舞台袖からライブを観た覚えがあるのでちょっと興味が湧いたので)峯田さんって表現者そのものだなあと改めて感じました。今でもそうだもんな‥。僕はその峯田さんを横で観てきて、この人に離されたくない!という思い1つでもしかしたらやってきたのかもしれない。そう考えたらもう後姿も見えなくなってしまったあの人に対する想いもないから、表現したい!って欲望がなくなってしまってるのかもしれないな‥。なんてちょっと峯田さんのせいにもしてみたりしたwwww。自分は自分の事をやるだけだとは分かっているんですけどね。人と比べるモンではないという事も実感してるんですけど⭕️まぁ仕方ないね。でもあの人と同じ時代に生まれて良かったな( ^ω^ )。

今日も曲は出来なかった。まだ0曲wwww。


今日の一句。


表現が〜

底をついたら

違う手で

やらんといけない

我が人生よ〜♫


タイトルは「ちょっと刹那」でした⭕️

ご清聴ありがとうございました😊🙇‍♂️

に今日は行ってまいりました。こないだ前厄をしたと思ったらもう2年経ったのね。歳がいって行くと共に時が経つのが早くなってくるよ!なんて先人の方々がよく言ってたもんやけど、あれって本当なんですね‥( ゚д゚)。行ったのは去年と同様の「多井畑厄神」に向かいました。多井畑厄神は全国にあるみたいなんですけど、神戸の須磨の多井畑厄神が本家みたいなんです。凄い厄神としては歴史が古いみたいで、しっかりと後厄を払ってもらおうと思いまして2年連続行って参りました⭕️。

去年は厄除大祭に合わせる事が出来なかったので、普段の日に行ったのですが、今年は厄除大祭の初日に行ったので、厄除けをしに来ている人が結構いらっしゃってて、ちょうど密にならないくらいの程よい賑わいをみせていました。厄除けをお願いして、住所と名前と年齢を呼ばれるんですけど、住所が横浜市の方も居たりして、ここはやっぱり有名なんだなあと実感しました💫。昨日は阪神大震災の式典やコンサートを観に行ったりしたのですが、本当ならば僕らは千葉でライブだったんですよね‥。色んな予定がなかなか敢行出来ず(それは皆さん一緒なんですけども)とりあえず厄を流しておかないといけないと特に思いましたです🌋。

皆さんも厄年の人は行ってたほうが良いかもですよ(^ ^)。


今日の一句。


前向きに〜

やっていきたい

厄年が

集まり流れる

不穏な思い〜♫。


タイトルは「厄流し!」でした⭕️

ご清聴ありがとうございました😊🙇‍♂️

今日1月17日は阪神、淡路大震災からちょうど26年になる日です。毎年何だかの形で自分なりにこの日は意識をしてきたのですが、今年はツアーが入っていたので、神戸に居れないなあと思っていたのですが、緊急事態宣言により関東のライブが延期になってしまったので、結果的に神戸にいる事になった。夜中の1時位に、例年よりもなんだか分からないけど異様に5時46分を意識してきだした。理由は自分でも分からないけれど、やっぱりコロナ禍で世の中は閉塞感に包まれる状態になってて、余計に思いが強くなったのかもしれない。そして何せ「松原裕」に想いを馳せた。松ちゃんは別に震災で被害を受けた人ではないのだけど、震災に対する思いは人一倍強かった。自宅が半壊した僕よりもずっと「震災を風化させない」という気持ちを持ってイベントも起こした。僕は震災は辛い思い出が沢山詰まっている人達がとても多いので、辛いことはなるべく掘り返さないほうが良いと思ってて「良い意味で風化することが大事」だと思っていた。松ちゃん生前、お互いの考えは平行線を辿って、どちらも頑なに自分の意見を変えなかったけど、なんか松ちゃんの考えが急に心にスッと入ってきた。震災の灯籠に黙祷しに行くという事も、僕は26年間一度もしてきてなかった。それはなんとなく震災が起きた日を「記念日」の様に扱う環境があるような気がして、それにちょっと嫌気がさしたりしていて、「頑張ろう神戸」なんてフレーズも、そんな事言われなくても頑張ってるわい!!って思っててハッキリ言って好きではなかった。でもなんか今日ならスッと心に入ってくるかもしれないという気がして真夜中に三宮の灯籠で作った「頑張ろう神戸」の前で5時46分を黙祷して迎えようという気持ちになった。急いで車を走らせて初めて1月17日に行った東公園。

結果的には「凄い行ってよかった」。これまで行ったことない人間が偉そうに書くことではないとは思うんだけど、そこには「人の気」がたちこめていた。それだけ色んな感情が混ざり合って1月17日を沢山の人が迎えている事を感じれた事にもう行って良かったと感じている。そして自らが生かされている事に感謝出来た。ちょっとしんどい状況になると「何の為に生きてるんやろ!?」となってしまう自分に、改めて「死ぬまで生きてやろうじゃないか!」と思わせてくれた。こんな心がヒョロヒョロの人間があんな言葉を発してるから説得力に欠けるのだろうな‥。でも自分に大して言ってる言葉が自分に大してまた説得力を持てたということは生きる願望が強くなったとも言える。震災も何とか生き延びてきたんだ。またなんか頑張れると思う。そうじゃないと生きたかった人たちの命に申し訳が立たない。黙祷しながらそんな事を思いました。


今日の一句。


震災を〜

乗り越えてきた

私達

この状況も

乗り切れるはず〜♫。


タイトルは「1、17」でした💫

ご清聴ありがとうございました🙇‍♂️。