高速復習法〜数学の学習を中心に〜 | 現役文Ⅰ東大生による絶対合格!!!勉強法ブログ@KURI

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ここのところ、試験間近なこともあって、ひたすら部屋にこもって法律の勉強を続けていたが、
試行錯誤の末、やっと何とかものになりそうな勉強法に辿り着いた。

法律の勉強というのは、勉強の形とペースが掴めるまでが随分と大変で、
よくわからなくてもしばらくは辛抱して食らいついていかないと、なかなか先に進まないのだ。

そもそも日常的な感覚では掴みづらい理論と抽象性に満ち満ちた世界であり、
用語の概念の理解もおぼつかないまま、~説と~説が対立しており、判例は~説だが、学説上は~説が多数で・・・とか言われるともはや教科書を三四郎池の鯉に向かって投げ捨てたくなる。

ただ、思い返してみれば、このような感覚というのは高校時代に自分が数学に対して抱いていたのとだいたい一緒であり、当時も、数学的に定義された概念やら公式の意味やらがよくわからず、問題の解説を読んでもあまりピンとこないし、これはこう解くのだ、と割り切っていろいろ覚えてみたところで、いざ模試で問題を解く段となると、やっぱりどうしていいのかわからない。

この状態から脱して、まともに「こうやるんじゃないか。いや、違うな、たぶんこうだよな。だって、こうだし。」みたいに考えられるようになるまでには随分な時間と労苦を要した。

数学の具体的な勉強法については過去の記事にて、数回に分けて書いたが、今回は改めて今の自分の勉強法も踏まえた上で、数学の勉強法を中心に、とっつきにくい科目をなんとか自分に引き寄せていくための勉強の大まかなイメージについて買いてみたい。

いきなり結論だが、大枠はこうなる。一冊の問題集を完璧にするという場合を想定して、

①そこそこの理解で一周→②できる限りの理解を求めてもう一周→③要点をしぼって徹底した高速反復×n

という感じ。

「理解」と「暗記」との比重で言うと、

「理解」→「理解」→「暗記」

となる。

もはや常識だが、理解に基づく暗記というのをシステマティックに勉強法に組み込むとこういうふうになるのだと思う。

では、詳細に説明していく。

そこそこの理解

一周目にあまり時間をかけないことだ。
一ヶ月はちょっと長い。分量多めのものでも二週間ぐらいで終わらせるのがいい。
逆にそれくらいのスピード感を意識してやるべきだろう。
新しいものをやる時は、だいたい一周目というのはよくわからない。
「こんなもんかな」という具合に「そこそこの理解」でどんどん進めていく。
とにかく全然チンプンカンプンだぜ、という状態ではなく、自分なりに「こうだろ」となんとなく思えれば、そこそこの理解と考えて大丈夫だろう。
わからなければ人に聞くか、参考書や教科書を読むか、それともレベルを下げるかすべきだろう。
全然わかっていないのに数だけ進めるというのはあまり意味がない、というか全く意味がないのでその点は注意。
あくまでここは「理解」のための段階だからだ。

できる限りの理解

二周目は一周目とは問題の見え方が変わってくるはずだ(そうでないとちょっと困る)。
一周こなしたことで全体像が見えているし、繰り返し概念に接することで抽象的な言葉が自分なりに噛み砕いて理解できてくる。
そうすると、一回目とでは理解の感覚とでも呼ぶべきものが変化してくる。
その感覚に基づいて、一問一問をしっかり吟味していく。
吟味というと、しっかり時間をかけてやるイメージだが、すべて一度触れた問題なので、できれば一周目と同じか、ちょっと遅いくらいのペース感が望ましい。
この段階を通じて、個々の問題を超えて、「この問題ではこうだったが、この問題ではこうするのだな」という問題の枠を超えた比較や「ここで使った知識がここに活きてくるのだな」という知識の接続が見えてくると確実に身になる勉強ができているといえる。

要点をしぼって徹底した高速反復×n

実際、②を終えた時点で十分に点数がとれるようになる人もいることだと思う。
特に意識して暗記などしなくとも、最小限の理解からどこまでも思考力の網を伸ばしていける人というのを才能ある人というのだと思う。
とはいえ、通常人にとっては「理解」と「暗記」は区別して捉えた方が有益だろう。少なくとも、勉強の上では。
理解はそこそこできているのに、暗記による定着が足りないために「わかっているのに解けない」という現象が起こる。
実際に相当数の人がこの段階で足踏みすることになる。
普通の人は「わかった」というだけでは解けない。
ホームランバッターにバットの振り方を時間をかけて教えてもらえば、それがどういう仕組みかはおそらくわかるだろうが、試合においてすぐにその振り方でホームランが打てるかというと、凡人にはかなり難しい。
毎日毎日家に帰って庭でその振り方のイメージを浮かべながら素振りを繰り返すことではじめてそれが可能になる、というのが普通だ。
勉強においてはこの庭での素振りのプロセスは非常に軽視されがちであり、多くの人が軽視している事実に気付いていない。
だから、ノートに色分けしてまとめるような無駄な勉強に貴重な時間を使うことになる。
そんなことをするぐらいなら、広告の裏にノートにまとめた内容を10回殴り書きした方がよっぽどためになる。
話を戻そう。
どうやって反復するか。リズミカルに、システマティックに、である。
自分の例を話すと、憲法の問題集(論文問題が120第くらい載っている)を上で話した①、②のプロセスを踏んで2周こなした。
法律の論文問題というのは、ある概念や事例が与えられて、それに大して自分で書くべきポイントを導き出し、それぞれのポイントについていくつかの知識をコンパクトにまとめて、それらのポイントを解答全体の趣旨に合わせて構成する、という感じで解く。
だから、それぞれの問題について、「何を書くか」という問題と「どう書くか」という問題が生じる。
数学でいえば、その問題を解くのに「何の定理、公式を使うのか」「それぞれの定理や公式をどう使うのか」という問題に当たるだろう。
2周こなせば、一つ一つの問題に出てくる概念の意味や全体として何を求められているかについてはほとんど理解できている。
しかし、それだけではいざ問題文だけが与えられた時に、どのように書き始めて、ここの概念について実際にどういう言葉を使って説明するかはマスターできていない。
理解した内容を、はっきりと確定した一つの「言葉」として定着させる作業が必要なのだ。
理解した内容というのは、すくったら手のひらから漏れてしまう水のようなもので、問題を解くためにはそれを形ある氷として頭の冷蔵庫に保管する必要がある。
水のままではしばらくすると頭から流れ出して記憶から消えてしまう。
具体的にどうやるか、だが、まず

①ポイントをしぼる
理解するということは、重要な部分とそうでない部分が判別できるということである。
重要部分とそれ以外の部分との関係性やつながりがわかるということである。
だいたいにおいて、重要部分さえ覚えられていれば、後は論理で瑣末な部分については保管できる。
優等生ほど全部覚えないと不安になるものだが、受験勉強において完璧主義は破滅を招く。
捨てる部分はいさぎよく捨てるべき。覚える負担は徹底して軽減すべきだ。
具体的には、大事な部分にマーカーでラインを入れ、一目見て問題のポイントがどこにあるかわかるようにする。
重要部分について忘れがちな知識があれば、小文字で書き込んでおく。

その上で、
②一気に大量に見直す
いくら丁寧に復習しても悲しいほどすぐにきれいさっぱりと忘れる。
なんてポンコツな脳みそなのだ、と悲観的になるほどだが、それだったらいっそ徹底的に時間をかけずに適当に復習するのがよい。
復習から丁寧さを取り除くのだ。
その代わりに、スピードと反復数を最大限まで高める。
ページをめくり、重要部分にさっと目を通し(必要ならば早口で音読し)、「こうして、こうして、そして、こう解く」という解答の地図を頭にさっと描き、すぐに次の問題に移る。
できれば1分くらい、長くても2分くらいでやれるといい。
このやり方でリズムを意識してどんどん進めていけば、1時間もあれば問題集の半分くらいの問題について重要部分がすべてチェックできている。
これを毎日やっていけば、いかにポンコツ脳でもさすがに覚えないわけにはいかなくなってくる。

大事なのはことは以下二つ。

①重要部分に目を通すこと(この時はある程度覚えようと意識する)
②重要事項同士の関連性を頭に描くこと(数学でいえば「解答の流れ」みたいなもの)

一気に進めるメリットはやる気を保つためでもある。
問題量の多い問題集をやっていて、たまに最初の方の問題を見直してみると丁寧にやったはずなのに全く記憶に残っていなくて愕然とすることはよくある。
そういうがっかり感による挫折を防ぐためにも、頻繁にしらみつぶしにブルドーザー式に復習を行うこのやり方は有効である。

なお、この勉強法の原型は高校時代に読んだこの本にある。

速読勉強術/すばる舎

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勉強法の本はたくさんある割に、どれも書いてあることはほとんど同じで、しかもどこかで聞いたような月並みなことばかりだが、本書は経験を踏まえた個性的な方法を紹介しており、興味深い。

勉強法には関係ないが、作家の村上春樹もテクストを繰り返し読み込むことの重要性を解いている(こっからは完全に趣味の話です。忙しい人は読み飛ばしましょう!)。

若い読者のための短編小説案内 (文春文庫)/文藝春秋

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この本は、文学史上「第三の新人」と呼ばれる一連の作家達の短編に、村上春樹が書き手の視点から解説を加えたものだが、非常に興味深い内容になっている。
ノーベル賞候補の世界的作家に他人の短編を解説してもらうというのはなんとも贅沢な内容だが、高校生ぐらいの時期にこういう本に出会えたら、どんなに素敵だったろうと読んでいて思った。
小説の読み方を教えるように日本の教育システムは全くできていないし、それもあってか、本の本当の味わい方に自分で辿り着ける人というのはおそらくほとんどいない。
本書は、「本物」の書き手であり、読み手である著者が、本当に「物を読む」というのがどういうことかなのか、その深遠な世界の入り口に導いてくれる内容になっている。
ぜひ、高校生の皆さんには手に取ってほしい。

ちなみに、同じような試みをロリータの作者のナボコフも行っている。
ちょっと手が届きにくい作品が多く、その意味での取っ付きにくさがあるが、内容は文句なしに素晴らしい。余力があればぜひ。

ナボコフの文学講義 上 (河出文庫)/河出書房新社

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ナボコフの文学講義 下 (河出文庫)/河出書房新社

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