某国立大学で落語研究会に所属し、漫才やコントの発表をやっています。

留年を2回重ねてお笑い歴も6年目となり、今まで考えてきたことを何らかの形で書き留めてみたいと思い、ブログを始めました。

基本的に自己満足ですが、コメントは歓迎です。

たかが大学生芸人が何を偉そうに芸を語ってんだとムカつかれることも多いんじゃないかと予想します。

そういう時はどうぞ思ったことをコメント欄にお書きください。

自分としても迷いを持ちながら書くことが多いので、色々な考えに触れて自分の考えを変えることもあると思います。

我ながら生意気だとは思いますが、少しでも引っかかるものを感じた方はしばらく読んで下さい。

漫才強化計画を経て、舞台で漫才を見せるための最低限の技術を身につけた僕とMは、
落研に入って2年目の夏から、落研の外に出始めた。
他大学のお笑いサークルや時にはプロ芸人が出場するお笑いライブ。
こうした活動を始めた理由はやはりM-1の時と一緒で、
学内のバイアスのかかったぬるい客から距離を置きたかったから。
特に漫才強化計画の成果とその後の経過を確かめながら漫才を成長させていくには、ヒラの舞台の反応を大事にしたかった。

手始めに出たのは、早稲田大学のpeepsというサークルが主催する「大学生お笑い日本一」(ちょっと違うかも)。
早稲田の寄席演芸研究会や法政のHOS、明治の木曜会など、当時の代表的な関東ね大学お笑いサークルから代表が出て、漫才やコントを客の投票で順位付けするというもの。

僕はこのライブのために、新作漫才を書き下ろした。
この漫才が、初めて僕とMのキャラクターと関係性を意識して台本に落とし込んだ漫才だった。
そしてこれらの要素は、漫才強化計画を含めMと落研で色々話す中で、自然と身に染み込んだものだった。
僕は体が大きいことと顔が老けていることから、乱暴な人間というイメージが落研でもMとの関係においても成立していた。
その乱暴な僕に対して、ブサイクのくせに生意気に反論してくるM、
そしてそれを屁理屈や暴力でねじふせる僕。
こういったキャラと関係性が1年半のMとの会話を通じて、パターンとして出来上がっていたのだ。

これに従って、僕が書いたのは縁日の漫才。
僕のキャラクターは乱暴さを際立たせるためにヤクザ的なキャラにデフォルメし、
ボケもヤクザ的なボケを意識的に入れた。

余談だが、漫才を始めた当初はお互いの関係性をつかむためにボケとツッコミをライブごとに入れ換えたりしていたが、
この頃には僕がボケ、Mがツッコミというスタイルが定着していた。
それは時間が経つにつれて上記のような関係性ができあがっていったためで、
Mの天然ボケを拾う上でもこの役割分担が最適だと考えた。

さて、ライブの結果はあまり良くはなかったが、こうしたライブには出場しているサークルのメンバーが客として来ていることが多く、投票の際に組織票が働くのだ。
それを考えると、まずまずの結果だった。
終わった後に初対面の法政HOSの人に褒めてもらったこともあり、大きな自信になった。

M-1グランプリ2004で1回戦落ちを喫した僕とMは、プロとの実力差やアドバンテージのないヒラの舞台でお笑いを見せることの難しさを実感した。

ここまではコントばかりを舞台でやってきたわけだが、M-1に落ちたことで漫才を頑張りたいという気持ちが強くなった。


この頃はまだ意識していなかったが、コンビ特有の味が出るのはコントよりも漫才だと僕は思っている。


コントにおける役というのは、言ってみれば台本ありきで作られたキャラクターである。

もちろん配役を決めるにあたっては役者・芸人の個性とマッチする役を与えていくのだが、

あくまでも台本の世界を表現するために役者がいる、というのがコントの作り方の基本だと思う。

コンビでコントをやる場合、役者がその二人に限定されてしまうというのがまず一つのネックになる。

必然的台本を書く際はに二人が演じることのできるキャラクターの中からストーリーをつむいでいくという作業になり、

よほど器用な2人でない限り、完全に自由な発想で台本を書くことは難しい。

そのため前述した集団コントライブのように、自由にやりたい台本を書いてから、役者のストックから適材適所で配役をするというスタイルが、コントを作る上では理想的だと僕は思う。


一方漫才はどうかというと、これはコンビ2人のキャラクター、そして2人の関係性が、何よりも見せるものとして前面に押し出されるべき芸だと考えている。

漫才というのは基本的には「おもしろい会話」と定義できる。

会話である以上、普段2人で話しているときのリズムや関係性が現れる。

それを意識して台本を書く場合もあるし、意識せずとも舞台上での漫才には現れてくるものだ。

漫才をする際には普段の会話を基本に、そのおもしろさを生かせる設定を考えて台本を作っていくのがセオリーだと思う。

コントよりも漫才の方が、2人の素のキャラクターをミックスさせることで無限に新しいものを生み出すことができる。


もちろん自分達のキャラクターを踏まえたコントをたくさん作ることのできる芸人はプロにはたくさんいる。

しかしそれは漫才よりもコントの方が自分達は得意だという自覚があるからであり、

お笑いで飯を食っていく以上、少しでも売れる可能性の高いものを優先して武器にしていくのは当然だ。

だが、アマチュアの場合は話は別である。

お笑いで生き残れないと人生にも生き残れないという世界ではない。

ここがアマチュア芸人の甘いところでもあり、だからこそチャレンジできることもあるとは思うのだが、

アマチュアがお笑いを楽しみながら趣味的に演じるという意味では、漫才の方がお互いの関係性自体をネタにできるという魅力が大きいと思う。もちろん好き嫌いはあると思うが。


とにかく、僕とMは今後のお笑い活動を漫才中心に行なっていくことに決めた。

僕はMとのコンビ漫才をブラッシュアップするために、1年間の強化計画を立てた。

それは春夏秋冬の各季節に1本ずつ漫才台本を書いて、その4半期間はそのネタだけを毎日練習するというものだった。

今思い返しても恥ずかしくなるような熱血企画だが、当時はそれが最善の方法だと信じていた。

ネタ自体がいくらおもしろくても、それを効果的に見せる舞台上でのテクニックは最低限必要である。

M-1での経験を通して、自分達はその最低限レベルの漫才技術が身に付いていないと思った。

そのため、最短距離で最低限の技術を習得する方法として、僕はこの計画を考えた。


実際にはこの計画は春の漫才台本が3月に完成してから2ヶ月ほど毎日練習した後、めんどくさくなってやめてしまうのだが(笑)、

その間に最低限の技術は習得できたし、結果的にいろいろな副産物が生まれ、コンビとして成長する大きなキッカケになったと今では思っている。