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回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

20年ぶりに、あの4人が再び集まる夜がやってきた。
それだけで胸の奥がざわついた。
嬉しさと不安が入り混じる、そんな夜だった。

 

エーイチから癌のことを聞いて数日後、

またエーイチから電話がきた。


「お前と呑んだ次の日さ、タケシと呑んだんだあよ。

「したらタケシがさ、お前を入れて3人で呑もうぜってしつこいんだよ。」

「明日はどおよ」


また今回も本当は用事があった。
でも、エーイチがこの先どうなるかわからない。
万が一のことがあったら、絶対に後悔する。
そう思ったら断れなかった。


「ああ、わかった。いいよ」


エーイチは相変わらずだ。
一方的に喋って、用件だけ言ったらガチャン。


でも今日の電話はうれしかった。
またエーイチに会える口実ができたってこと。
……恥ずかしいけど。


翌日はあいにくの雨。
幕張駅で待っていると、エーイチはいつもと変わらぬ様子でフラフラやってきた。


「いやー雨だなー、悪かったな。あ、そうそう、これやるよ」


渡されたのは藍子先生のCD。


「調子乗って何枚も買っちゃったもんで余ってんだよ」

 


ありがたいような、ありがたくないような。
まあ、くれるってんならもらっておく。


そうこうしているとタケシも到着。
3人そろって駅前通りをぶらぶら歩く。
こうやって3人で歩くなんて何年ぶりだろう。
懐かしい。

 

手っ取り早く、駅から一番近い居酒屋・庄屋に入る。
するとタケシがやたらと仕切る。


「座敷だよな、座敷。座敷がいいよな」
「俺たちうるさいからよ、席は奥! なっ、一番奥案内してくれや」


なんて店員に注文つけてみたり、


「呑み放題でいいよな、呑み放題!」


と勝手に注文入れてくれたりしてな。
まあいい。こうやって調子に乗せておけば、

最後のお会計もばっちり出してくれるだろう。


ということで乾杯して呑み始める。
しかし、俺だってタケシだって馬鹿じゃない。
そのまま馬鹿呑みして馬鹿酔っ払いするわけにはいかない。
まずは、エーイチの検査結果が気になってしょうがない。


「で、どうよ。検査の結果はどうだったんだよ」


するとエーイチはメモを片手に語りだした。
エーイチだって馬鹿じゃない。
いや、当たり前だけど真剣だ。
医者に聞いたこと、言われたことを事細かにメモしていた。


難しい話でよくはわからんけど、
とりあえずわかったのは 早期発見 だったこと。
転移は無さそう だということ。
つまり、治る可能性が高いということだ。
治療法は3つの選択肢があるらしい。

 

① 手術して切る
② 放射線や投薬による化学療法
③ 放医研で研究中の特殊な方法(臨床試験前で効果は未知数)


で、またタケシが吼える。


「医者に聞け! どの方法が一番得意なんだって!」
「得意なやり方が一番イイに決まってんだろ!」
「そんなわけのわからねぇモルモットはダメだ! 俺が絶対に許さねぇ!」


はいはい、まあいいから。
エーイチの話を聞けって。
エーイチが選んだのは①の手術。
悩みに悩んだらしいが、化学療法より確実性があるとのことだった。


お世話になるのは千葉大附属病院。
入院は1990年10月7日。
手術は10月14日。
退院は未定。


あとはエーイチに、そして医者に頑張ってもらうだけだ。

 

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