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回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

大人になっても、夜の街にはときどき“本物の危険人物”が現れる。
ヤクザでもチンピラでもない、もっとタチの悪い、説明のつかない種類のやつだ。
そして困ったことに、俺の周りには昔からそういう連中が自然と集まってくる。
この夜のヒッチコックも、例外じゃなかった。

 

千葉のヒッチコックに行った。
ヒッチコックってのは普段はホルモン焼き屋なんだけど、

時々、夜になるとジャズのライブが始まるという変な店だ。
ライブやるったって、10人も入れば満員。とにかく狭い。


その日はジンビームを呑みながら、冨田久美の歌を大人しく聴いていた。

 

画像はイメージです(これはヒッチコックのカウンターではないな)


そこへ坊主頭でガタイのいいオヤジが入ってきた。
入ってくるなり、俺に向かって


「お前、そこは俺の席だ、どけっ」


だってよ。


「なんだとお〜」


危険な空気になったが、エーイチが目配せしてきたので退いておいた。
エーイチが耳打ちする。


「やべーよ、あーゆーのはやばい」

「ヤクザじゃなさそうだから大丈夫なんて思っちゃダメだ」

「あーゆーのが一番やばいんだよ。仲良くしとかねーとな」

 

そうなんだよな。冷静になればその通り。
目の前にいるエーイチだって、そーとー危険人物だしな。

注意しなきゃなんねーぜ。


で、話は飛ぶ。


ある日の総武線。
ぽつんと大人しくシートに座るエーイチがいた。
こいつは顔が浅黒くて頬がこけてて、日本人離れした顔つき。
フィリピンの出稼ぎにも、中国の留学生にも見える。
そこへメートル上がったほろ酔いサラリーマンが乗り込んできて、エーイチの隣に座った。


「おい、お前、どこから来た」


とか、グダグダ言い始めた。愚かな奴よ、可哀想に。
しばらく黙って言わせておいたエーイチだったが、


無言のまま突然その愚か者のメガネを奪い取り、床に置いて足でグシャ。


唖然とする愚か者。
しかし一瞬で酔いがさめたらしく、エーイチの危険オーラを悟ったのか、大慌てで逃げていった。
そんな事もあったな〜。

 

話はヒッチコックに戻る。


笑顔でオヤジに「ああ、どうぞ、どうぞ」と席を譲る。
オヤジは嬉しそうにウイスキーをロックで2杯ほど呑んだところで、店のマスター登場。


「もうそのへんにしときな。金払ってけよ」


オヤジは渋々金を出して「またな」と席を立つ。
帰り際、俺に向かって


「おう(脅し口調)」

 

なんだ、やるのか?!


「さっきはすいませんでした(ペコペコ)」


と謝ったら、


「そんじゃ、またな(ニコニコ)」


と笑って帰っていった。
なんなんだ、あのオヤジ……

 

画像は実際のヒッチコックの店内