ゆき
1981年/にっかつ児童映画/アニメ
監督:今井正
主演:牛原千恵(ゆき役)
1981年8月9日日本公開
室町時代末期のお話。
雪の精霊である“じんじい”は、雪ん子の“ゆき”に、地上へ降りて悪を退治し、真っ白な雪で浄化するように命じる。
ゆきは火の中に飛び込んで地上へ降りる。
乞食の子供と友達になったゆきは、乞食グループの仲間となる。
村は野党集団に目をつけられており、たびたび襲撃されていた。
村人達は立ち上がり、野党と戦う決意をする。
ゆきは誰も手懐けらけなかった白馬フブキに跨り、野党のボスを成敗する。
村人達は村の男達を無理矢理に徴兵する領主や、重い年貢を取り立てようとする名主をも倒し、自由を勝ち取っていく。
だが古き言い伝えを破ったとして魔神が蘇ると、村人は怯えて、「魔神が怒り出したのは乞食達が名主を殺したせいだ」などと言い始める。
ゆきは命がけで魔神の前に立ち、その力で魔神を凍らせて、天へと帰っていく。
そして地上は汚れない雪で覆い尽くされた。
『モチモチの木』で有名な児童文学家・斉藤隆介さんの同名作品をアニメ化。
最初は一揆の話かと思ったw
「虐げられた人々が自分の尊厳を取り戻す話」って事かな?
でも最後の魔神に対しては村人は自分達で乗り越えてはいないんだよね。
唯一抵抗していたのは乞食の子供達で。
魔神は村人の心の中の恐怖が作り出したものだったんだろうか?
あのあと、村は滅びたけど、乞食の子供達は裕福な暮らしを手に入れた・・、みたいな結末があったらもうちょっとわかりやかった気がした。
それにしても最後の魔神の描写は凄い迫力だったね。
魔神の動きがスローモーで助かった気がするw
最後のシーンのあの間の長さは時代を感じさせるね。
あのどこか達観したようなゆきのキャラクターとちばてつやのタッチとの相性が良かったように思う。
マスターズ・オブ・ユニバース
2026年/アメリカ(ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)/アクションアドベンチャー
監督:トラヴィス・ナイト
主演:ニコラス・ガリツィン(アダム/ヒーマン役)
2026年6月5日日本公開
惑星エターニアに侵略の手を伸ばしたスケルター軍。
エターニア軍は敗北し、10歳の王子アダムは母の故郷である地球に逃される。
15年後。アダムは地球人としての平凡な生活を続けながら、地球のどこかに落としてしまった伝説の剣"パワーソード"を探し続けていた。
そしてついに剣と巡り合う事が出来たアダムだったが、スケルター軍にそれが感知され、ゴリラのような怪物が刺客となって襲ってきた。
そこへエターニアの幼馴染ティーラが現れ、一緒に宇宙船で逃げる。
こうしてアダムはついにエターニアへ帰還する。
すっかり荒廃していたエターニア。生き残った人々と合流したアダム。
近衛兵団長のダンカン(ティーラの父)もアル中になっていた。
ヒーマンに変身し、神の力を発揮する事が出来るようになったアダムは、
仲間達とともにスケルター軍から国を取り戻す戦いに立ち上がる。
女子向け人形玩具バービーで大ヒットを飛ばしたマテル社が、今度は男子向けだ!とばかりに1982年にリリースしたのが、ムキムキマッチョと剣と魔法のファンタジーと超科学のスペースオペラを合わせた世界観の人形玩具が「マスターズ・オブ・ユニバース」だった。
(日本ではタカラから「魔界伝説ヒーマンの闘い」という名称で輸入販売されていた)
そんな「マスターズ・オブ・ユニバース」の二度目の実写映画化が本作である。
1度目は1987年に公開されたドルフ・ラングレン主演の「マスターズ/時空の覇者」。
当時、たまたま他の映画の併映作品として映画館で視聴し、「なんて刺激的な映画なんだ!」と衝撃を受けたのを覚えている。
(ちなみに今作にはドルフ・ラングレンがカメオ出演している)
それから39年経過した現在に映画化された本作は、最新CGをふんだんに使って荒唐無稽なキャラクターやファンタジー世界を再現している。
全体的に子供向けな演出で一貫されており、シリアスになり過ぎないコミカルなシーンが散りばめられている。
主人公のアダム(ヒーマン)は、10歳からは地球で普通の人間として過ごしていたのに、伝説の剣“パワーソード”を手にして呪文を唱えた途端、神の力を得た超強い戦士になっちゃうのはご都合主義過ぎる気がするけど、もともとが子供向け玩具だし、原作の玩具の設定からしてご都合主義なのでネガティブでも無いだろう。
ポストクレジットではアダムの双子の妹シーラが出てきたり、本編中にしれっと逃げ出したスケルター軍の魔女イーヴィル・リンが、スケルターの頭部を手に入れるシーンがあり、続編作る気満々で終わるw
日本で「魔界伝説ヒーマンの闘い」はヒットした商品とは言えず、その後に作成されたアニメなども放送されていないので、本作は「子供向けの安いファンタジー活劇」のような扱われ方をされてしまうのは残念。
スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ
2026年/アメリカ(ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)/アクションアドベンチャー
監督:デスティン・ダニエル・クレットン
主演:トム・ホランド(ピーター・パーカー/スパイダーマン役)
2026年7月31日日本公開
前作『ノー・ウェイ・ホーム』の4年後が舞台。
前作で世界中からピーター・パーカーの記憶が消え、MJやネッドもピーターを忘れ去り、孤独に街の守り人として過ごすピーター・パーカー。
そんな中でスパイダーマンの能力に変異が起こる。
ハルクことブルース・バナーのもとへ相談に行く。
その頃、10m以内の人の精神に乗り移る事ができる能力を持つヴィランが出現。
その正体はジーン・グレイだった。
ジーン・グレイはダメージ・コントロール局に捕獲された姉の行方を探していた。
ジーンはスコーピオン、ハルク、忍者集団ハンドなどの精神を乗っ取り、スパイダーマンと対決する。
最後は新たな能力覚醒したスパイダーマンがジーンを追い詰める。
そのときジーンに放たれたパニッシャーの狙撃をかばったスパイダーマンが銃弾に倒れる。
一命を取り留め、病院で目を覚ましたピーター。
立ち寄った店でネッドを見かけたピーターが、彼とハンドシェイクのポーズを合わせると、ネッドはピーターを思い出して映画は終わる。
ポストクレジットでは、ネッドが開発したスパイダートラッカーが映し出され、スパイダーマンは地球ではない場所にいる事が検知される。
次回作では宇宙が舞台となるのだろうか?
本作はマーベルのゲストキャラとして、パニッシャー、ブラックウィドウ、ハルク、ジーン・グレイ、忍者集団ハンド・・といった珍しい組み合わせの人達が登場するが、メインヴィランのジーン・グレイはともかく、他のヒーロー達はいまいち魅力的な活躍はしていなかったように思うなあ。
特にパニッシャーはもっとクールなキャラであって欲しかった。
(俺様はドラマ版「パニッシャー」は観ていない)
ところでジーン・グレイはこのあとにX-MENに合流するのだろうか?
合流したとして、MCUにX-MENが本格的に登場するのか?
今後の展開が気になるね。
ロングウォーク
2025年/アメリカ(クロックワークス)/サスペンスホラー
監督:フランシス・ローレンス
主演:クーパー・ホフマン(#47/レイ・ギャラティ役)
2026年6月26日日本公開
戦争によって貧困社会となってしまったアメリカ。
そんな中で政府主催のレース「ロングウォーク」が社会に希望を与える存在として開催されていた。
選手は政府により選ばれた50人の若者。
優勝した者には多額の賞金と、何でも一つ願いが叶えられるという。
ルールは決められた道をひたすら歩き続けること。
そして時速4.8キロを下回ると警告。3回警告を受けると銃殺。
最後の1人になるまで歩き続ける。
当然、食事、排便、休息、睡眠などでも足を止める事は許されない。
そんな過酷なレースの中でも、彼等はまるでハイキングのように会話を交わしあい、ときには脱落しそうな者が出れば助け合っていく。
そして当然、レースが長く続けば続くほど脱落者により人数が減っていく。
足が痙攣して立ち上がれなくなる者、自ら死を選ぶ者、逃げ出そうとする者。
そして最後に残ったのは奇妙な友情が芽生えていたレイ・ギャラティとピーター・マクヴリーズ。
極限状態の中で二人が選択したのは、自ら足を止めて、友に託す事だった。
(ちなみに生き残る人物は原作とは改変している)
そして生き残った一人は、優勝の願いごととしてカービン銃を希望。
それを使ってその場でレースを指揮する少佐(演じているのはマーク・ハミル)を射ち殺す。
そして前方の暗闇に向かって再び歩き出すのだった・・。
この映画を観ていて、すぐに違和感にとらわれた。
このレースは強制参加ではない。
50人のうち1人しか生き残れない。結果が出るまで地獄のように苦しい。
そんなリスクしかないレースに、招待メールが来たからといって参加する?
また、そんなレースだと分かっているのに、参加者はハイキング気分だ。
「このレースを参加者目線で本にするんだ」なんていう明らかに文系の奴までいるし。
いやいや、優勝しなかったらそんな本書けんのよ?
話の合う同士が「俺達は三銃士だ」なんて言って団結したり、助け合ったりするのも意味不明。
どんなに助け合って延命しようとも、最後には1人以外死ぬのだから、それって全体の苦しさを長引かせるだけじゃん?
余計に残酷なんじゃないのか?
他者を蹴落とすヤツがいてもおかしくないのに、そういう奴は一人もいない。
この不自然さは“絶対に何か隠された真実があるな”と思った。
例えば、このレースは現世で起こっている事じゃなく、死後の世界の行進である・・とか。
“必ず死が訪れる人間の一生”をメタファーとしてレースとして映像化してる・・とか。
きっとどこかで映画の転換があるはずだ。
レースを傍観している市民とか、人間味の無い兵士とか、脱落者の死に方とか、全ては別の何かが置き換わったものなんだ・・と思っていた。
だが、映画が終幕してもそれがハッキリと描かれる事は無かった。
いや、勘弁してくれよ。
本作の原作「死のロングウォーク」は、スティーヴン・キングが学生時代に書いた初の長編小説(リチャード・バックマン名義)である。
この原作が書かれたのはベトナム戦争が進行中の時代。
若者達がベトナムへと徴兵されていく理不尽さへの社会風刺として描かれていると言われている。
本作での不自然な描写や設定も、ベトナム戦争に置き換えるとある程度は腑に落ちる。
けど、極限状態での友情物語を描きたいなら「最後の1人になるまで終わらない」という設定は変えなきゃなりたたんだろ。
ほとんどハイキングシーンのこの映画。
射殺されて肉片が飛ぶようなゴアシーンがちゃんと描かれているのは救い。
折れた足首を踏みながら歩き続けるシーンや、戦車のキャタピラに踏まれて両足がミンチになるシーンなど、ときおり挟まるからあんまりダレない。
(映画自体は長く感じたけど)
また腹を下して歩きながら脱糞するシーンなども映像として描いているの凄いと思った(^^;
スーパーガール
2026年/アメリカ(東和ピクチャーズ/東宝)/SFアトベンチャー
監督:クレイグ・ギレスピー
主演:ミリー・アルコック(スーパーガール/カーラ・ゾー=エル役)
2026年6月26日日本公開
スーパーマンが地球へ脱出したあとも、クリプトン星で生存している人々がいた。
だがその平和も長くは続かず、スーパーマンのいとこであるカーラ・ゾー=エルも、愛犬クリプトと一緒に少女の頃に地球へと降りてきていた。
23歳になったカーラは地球を去り、彼女のスーパーパワーを抑える赤い太陽の惑星で汚部屋に住み、酒浸りの毎日を送っていた。
(パワーを抑えるこの星じゃないと酒に酔えないらしい)
カーラが飲んでいたパブに、家族を悪党集団ブリガンズのリーダー“クレム”に殺されたルーシーがやってくる。
ルーシーはクレムに仇討ちをするための協力者を探していた。
協力する気がなかったカーラだったが、巻き添えでクリプトが毒を受けてしまう。
解毒剤を持つクレムを追って旅立つカーラ。猶予は3日。
そこにDCの人気キャラ、賞金稼ぎのロボまで絡んできて、クレムとの対決へとなだれ込む。
本作はアメコミヒーロー映画という感じが全くしない。
なぜかというと、本作は宇宙が舞台であり、出てくる人物はほとんど異型の宇宙人。
いわば全員超人。
『スターウォーズ』や『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』に近いジャンルの映画になっている。
(スターウォーズの世界でルークがフォースを使えても、スーパーヒーローには映らないのと一緒)
スペースオペラの小作としてはそこそこ観れる映画だったけど・・。
完璧な正義の味方であるスーパーマンに対して、パンクなやさぐれ女子としてスーパーガールを描く方針は間違いでは無い。
差別化しないとスーパーガールが劣化スーパーマンにしかならないから。
だけど、(ファンには悪いけど)さして美女でもないミリー・オールコックは、非モテ女子がハマり過ぎていてキャラの魅力にも影響しちゃってるように思えてしまった。
このスーパーガールのフィギュアは買わないな・・みたいな(^_^;
2023年の映画『ザ・フラッシュ』に登場したショートカットのスーパーガールがエロくて魅力的だっただけに、余計に物足りなく思えちゃった。
ジェイソン・モモアが活き活きと演じたロボは、存在感のあるビジュアルをしていた。
(まるでKISSのジーン・シモンズみたいでw)
だがチート級に強い無敵キャラのはずなのに、あっさりブリガンズの牢に囚われてたりして、筋肉バカキャラに描かれているのは勿体無かったかな。
脚本面でも粗が目立つ。
ルーシーに仇討ちをさせまいと止めるカーラの行動も唐突だし、太陽の色によってカーラの状態が変化するのは面白いと思ったけど、カーラを罠にハメたクレムがカーラを誘き寄せた星は、弱体化させる緑の太陽とパワー全開になる黄色い太陽が両方出る星っていうのも意味わからん。
ピンチのあとに大逆転させるためのお膳立てにしか思えない。
ジェームズ・ガン体制になった“DCユニバース”の2作目であるが、今のところザック・スナイダー体制の“DCエクステンデッド・ユニバース”の方が好みかなあ。
ブレインデッド
1992年/ニュージーランド(松竹富士)/ホラー
監督:ピーター・ジャクソン
主演:ティモシー・バルム(ライオネル役)
冒頭、場面は1957年の秘境・スカル島から始まる。
探検家一行がそこからとある猿を持ち出そうとしていた。
原住民に囲まれるが、車で猿の檻を抱えながら逃げる。
激しく揺れる車の中で猿に噛まれるリーダー。
それに気づいた案内人は、リーダーの腕を切り落とす。
だが頭にも切り傷を見つけると頭をも・・。
そして無事に空港へと到着した猿だけが飛行機でニュージーランドへ。
商店の娘パキータは恋する乙女。
祖母に運勢を占ってもらうと、まもなく運命の人は現れるという。
一方、豪邸に母と二人住むライオネル。
商店にやってきた彼を見て、パキータは運命の人だと悟る。
動物園でデートする事になったライオネルとパキータ。
こっそりつけてきた母親ベラ。
その動物園にはスカル島から運び込まれた猿が飼育されていた。
檻に寄りかかったベラの腕を噛む猿。
猿は怒りのベラに踏み殺されてしまう。
看護師によって噛まれた腕は手当てされたが、ベラの容態はおかしくなっていく。
ゾンビ化するベラはライオネルやパキータに襲いかかる。
揉み合いながら階段から転げ落ちるベラ。
やってきた看護師はベラの死亡を確認。だが蘇ったベラは看護師の首を切断。
看護師もゾンビとなる。
この看護師の描写が秀逸で、皮一枚で繋がった首をパカッと開けるたびに、ガラガラガラとうがいのような音が響くw
部屋に二人を監禁したライオネルは、動物病院で鎮静剤を入手。
2人に鎮静剤を注射して大人しくさせる事に成功。
困ったライオネルはパキータの祖母に占ってもらう事に。
そこでお守りのペンダントを貰う。
そのとき家を抜け出してきたベラが路線電車に跳ねられて店に突っ込んでくるw
もうコントでしかないww
そしてベラの葬式が執り行われる。
葬儀にはライオネルの叔父もやってくる。
ベラが暴れる前に再び鎮静剤を打とうと霊安室に忍び込むライオネル。
防腐処理中のベラは、スイッチを切り忘れていてグツグツと煮え滾っているww
葬儀後、墓を掘り起こして防腐剤を打とうとかるライオネル。
だがそれを発見した不良グループに邪魔される。
そうこうしているうちにベラが復活して不良に噛みつく。不良達もゾンビにw
騒ぎを聞きつけた神父はカンフーでゾンビと戦うが、蹴り上げた不良の生首が神父の上に落下して噛まれるw
神父もゾンビにww
結局ライオネルはベラ、看護師、不良、神父というゾンビ達を家で面倒見る事にw
なんでやねん!
ゾンビに食事を与えているとき、叔父が訪問。
ライオネルか叔父の相手をしている間に看護師と神父が盛り始めてしまうw
結果、産まれるゾンビベイビーww
律儀にゾンビベイビーをベビーカーで公園に連れて行くライオネル。
叔父に地下室のゾンビを目撃されてしまうライオネルは、財産と家を渡す事を約束されてしまう。
屋敷を手に入れた叔父はパーティ開催に友人達を招き入れる。
一方、ゾンビ達のいる地下室に閉じ込められたライオネルは、ゾンビを始末するため毒薬を注射するが、間違えて興奮剤を打ち込んでしまうw
地下室から飛び出したゾンビに襲われるパーティ客達。
次々とゾンビ化していくパーティ客。
ここからは監督のやりたい放題。
血まみれ、部位欠損、阿鼻叫喚。
クライマックスでは芝刈り機を手にしたライオネルがゾンビ達を肉片にしていき、ついにはゾンビを全滅させるw
芝刈り機にそんなパワーあるかよ!ww
最後は屋根の上で巨大化したベラゾンビと対決。
屋敷とともに燃え落ちていくベラ。
「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズや「キングコング」などを監督し、巨匠の仲間入りを果たしたピーター・ジャクソンの初期傑作ホラー作品。
「展開がハチャメチャとかどうでもいい、俺はこの映像が撮りたいんだ!」という強引なパワーが発揮された痛快ホラーコントである。
その後のピーター・ジャクソン作品を並べても、一番好き勝手に撮った映画なのではないだろうか?
もう一度こういうの作れと監督にいってももう出来ないだろうね~。
登場人物みんなが変人だったり、この独特の空気感がたまらん。
終盤の畳み掛けは圧巻としか言いようがない。
勢いだけで画面に釘付けになる映像なんて滅多に無い。
この映画公開当時、職場の友人を誘って新宿のミニシアターで本作を視聴。
今の新宿ピカデリーに建て変わる前の場所にあった映画館で、20人ぐらいしか入らないような本当に狭い映画館だった。
その狭い空間の中で本作のデタラメなパワーを浴びた自分は、圧倒されて白昼夢のような状態になってしまった事を覚えている。
(どうせなら大スクリーンで観たかったけど)
モータルコンバット/ネクストラウンド
2026年/アメリカ(東和ピクチャーズ/東宝)/アクション
監督:サイモン・マッコイド
主演:カール・アーバン(ジョニー・ケイジ役)
2026年06月05日日本公開
その世界の支配権を巡る武道大会“モータルコンバット”。
かつてエデニア王国はモータルコンバットで魔界に敗北し、国とともにエデニアの王妃と娘・キタナをも自分のものとした。
20年後。
魔界の皇帝シャオ・カーンは、人間界と魔界の支配権を賭けたモータルコンバットが開催されようとしていた。
人間界チームのリーダーであるライデンは、5人目の戦士として落ちぶれたハリウッドスターである“ジョニー・ケイジ”を勧誘する。
ジョニーは断るが、一回戦が始まると強制的に闘技場へ転送させられるw
対戦相手は大人になったキタナ。
案の定、キタナに惨敗するが、フェイタリティ(残酷なトドメ)されなかった。
生きたままライジンの元へ戻ったジョニー。
なお一回戦ではソニアがシンデル王妃に勝利してモータルコンバットは1ポイントずつ奪う形に。
続く二回戦が始まる前に、ライデンが襲撃されて力を奪われる。
そしてその力を封じたアミュレットを手に入れたシャオ・カーンが無敵に。
二回戦は3試合行われ、リュウ・カンはクン・ラオに、ジャックスはジェイドに勝利するが、前作の主人公コール・ヤングはシャオ・カーンに首を潰されて敗北。
魔界を裏切ったカノウの発案でアミュレットの破壊へ向かう事になる。
アミュレットを追い冥界までやってきた一行は、冥界の住人となっていたハサシ・ハンゾウ(スコーピオン)と合流。
最初は「お前達の来るところではない」と受け流していたが、家族の仇であるビ・ハンが復活していると聞いて急に怒りの戦闘モードにw
(このあたりの都合の良さは劇場版聖闘士星矢に通じるものがあるw)
難敵クン・ラオに対し、まるで「グレートマジンガー」最終回みたいにみんなでビームやら火炎を浴びせて、そこに覚醒したジョニーのオーラをまとったキックの追撃でアミュレット破壊に成功。
最後は密かに父親の敵討ちを狙っていたキタナが、弱体化したシャオ・カーンに勝利し、人間界は守られたのだった。
理屈を考えちゃいけないバトル映画で、ともかくゲームのキャラクターをたくさん出して、ゲームさながらのバトルさせようぜ・・という映画。
真田広之演じるスコーピオンなんて取って付けたような登場だもんな(^^;
映画の結末。ライデンは捕えたネクロマンサーのクァン・チーを利用して、失った仲間達を蘇らせる計画を明かして終劇。
本作は人気格闘ゲームが原作だけど、よくよく考えると格闘ゲームって操作キャラクター全てが人気IPだから、死んだり消滅したりしても、何らかの理由つけて次回作で生き返らせるしか無いんだよね。
それ繰り返してるとどんどん薄っぺらい映画になっていくわけだけど、3作目は一体どうなるかな?
シャオ・カーンの復活すらありそうで怖いw
新主人公を演じたのは、「ボーイズ」のビリー・ブッチャー役のカール・アーバン。
この人、ヒゲ剃らない方が精悍な顔だったな(^^;
Michael/マイケル
2026年/アメリカ(キノフィルムズ)/ドラマ
監督:アントワーン・フークア
主演:ジャファー・ジャクソン(マイケル・ジャクソン役)
2026年06月12日日本公開
マイケル・ジャクソンの父親ジョセフは、兄弟達に厳しいレッスンを課し、“ジャクソン5”としてデビューさせる。
幼いながらもヴォーカルとして才覚を発揮したマイケルは、またたく間に評判となり、モータウン・レコードと契約、スターダムを駆け上がっていく。
やがて青年となったマイケルは、彼を縛り付ける父ジョセフに反発するかのように、独立心が湧き上がっていた。
名プロデューサーであるクインシー・ジョーンズとの出会いを果たしたマイケルは、ついにソロデビューを果たし、スーパースターへと駆け上がっていく。
まるでマイケル・ジャクソンの再現ミュージックビデオのような映画だった。
なにせ幼き頃から才能を発揮したマイケルのスター街道は順風満帆。
葛藤やスランプ、トラブルといったものはほとんど無い。
(あったのかも知れないけど映画では描かれていない)
唯一のそれが“父親との確執”なんだろうけど、そこまでマイケルを束縛しているようには見えなかった。
マイケルが欲すればキリンやチンパンジーを飼ってもいい家って相当寛容だと思うw
家族との確執を描いているシーンの窓の外でキリンが通過していくシーンとかシュール過ぎてギャグシーンなのかと思っちゃったよ(^^;
またマイケルも思い悩むようなシーンがほとんど無く、飄々とした顔でブレインに「こうやりたいけどいいよね」みたいな感じで投げるw
ミュージシャン伝記映画の傑作『ボヘミアン・ラプソディ』とは対照的な映画だ。
一方で次々と生まれる名曲達のシーンはテンション高い。
『Beat it』『Billie Jean』『Thriller』『BAD』・・
前の曲が生まれていくシーンで、次の曲誕生の欠片が散りばめられていて、次第にBGMがその曲のイントロに変化していく・・。
全ての曲を知っているからこそ生まれるワクワク感!
そしてダンスや歌唱シーンの再現度が凄い。
曲まるまるフルコース流れるw
“再現ミュージックビデオ”だと思ったのはコレ。
マイケルを演じたマイケルの実の甥“ジャファー・ジャクソン”のコピーっぷりヤバい!
(重ねて言うと子供時代を演じたジュリアーノ・クルー・ヴァルディ君も凄いのよ)
『BAD』の再現シーンで映画は終幕し、「HIS STORY CONTINUES(彼の物語は続いていく)」とメッセージを残してエンドロール。
え!?これで終わりなの!?
続編やんの!?
どうやらこの映画、終盤は児童虐待疑惑について描かれていたらしいが、児童虐待を訴えていた一家との間で交わされた契約で
「この件については映画化やドラマ化はしない」と交わされており、そのシーンはオールカット。
だから余計にミュージックビデオ化が強くなったんだろうね。
(ちなみにその裁判は全ての訴状で無罪判決が出ている)
さて一体、続編はどうなる事か。
マイケルは以後、数々のスキャンダルに悩まされ、その最期は医療事故によりこの世を去っている。
そのまま描くと1作目とは作風すら変わる暗いエピソードになりそう。
そういうのを無かった事にして後編も“再現ミュージックビデオ”にするのか?
俺的には本作を30分長くしてでも1作で結末まで描くべきだったんじゃないかと思った。
プリティ・リーサル
2026年/アメリカ&イギリス(Amazonプライム・ビデオ)/サスペンス
監督:ヴィッキー・ジューソン
主演:アイリス・アパトー
ハンガリーのブダペストで開催される国際的なバレエコンクールに向かうアメリカチームの女子達。
だが移動中にバスが故障して立ち往生。
助けを求めてやってきたホテルは、ガラの悪い男達が飲んで騒いでいる危険な雰囲気。
獲物が網にかかった感じは映画「ホステル」を思い起こさせるね。
そうこうしているうちにチームのコーチがギャングに射殺される。
ここが危険な場所だと知った彼女達はその身体能力を使って反撃。
「酒に酔ったおっさん達より過酷に鍛え上げたバレリーナの方が強いのよ!」
と、なーんか説得力あるんだよなw
チームメンバー全員強いw
大勢の無法者相手に大立ち回り。
ホテルの主であるデボラもかつてバレリーナ。
最後はチームを逃がして過去の復讐にギャングのボスと一緒に大爆発。
無事、コンクールに間に合うのだった。
衣装は血まみれだったけど(^^;
時間の短い映画でテンポがよく、デボラを演じたユマ・サーマンの怪演もフレーバーになってて、薄味だけど痛快な映画になっていたように思う。
機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女
2026年/バンダイナムコフィルムワークス、松竹/アニメ
監督:村瀬修功
主演:小野賢章(ハサウェイ・ノア役)
2026年01月30日日本公開
前作「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」からストーリーは続く。
アラフラ海ヤムデナ島沖。
マフティーは次の作戦であるアデレード会議襲撃計画を進行中。
船内ではハサウェイと恋人のケリアと関係をこじらせている。
その後、ケリアはハサウェイの元を去る。
物語が後半に行くにつれ、ハサウェイが『逆襲のシャア』に縛られている描写が濃くなる。
戦闘の相手がアムロのνガンダムに見えてきたり・・。
終盤、ハサウェイを追ってきたギギと再会。
ギギはハサウェイの胸に飛び込みキスをする。
1989年~1990年に富野由悠季が執筆した小説が原作。
三部作としてアニメ化され、第一部は2021年6月に劇場公開。
本作は約5年ぶりに公開された第二部となる。
ちなみに俺様は小説を読んでいない。
前作を観たときに「プロローグで終わってしまった」と感じたのだが、そうじゃなくて、これはこのアニメの作風だった(^^;
自分がガンダムに期待するものがなかなか始まらないんじゃなくて、自分が期待するガンダムじゃないガンダムなんだと思う。
にしても小説版と映画「逆襲のシャア」を未習熟の人を突き放した内容だとは思うけど。
だとして今作は前作以上に見せ場が少なかったように思う。
ハサウェイ率いるマフティーが壊滅的な打撃を受けるんだけど、そのシーンは描かれず事後の状況説明のみ。
映画はそういった戦局よりもハサウェイの不安定な精神状態を中心に描いているように感じた。
第三部まで観終わってみないと何とも言えないけど、これって60年代の安保闘争や学生運動が元ネタなんじゃないかな?とか思ったり。
そしてハサウェイには破滅のエンディングが待っている気がする・・。
一見理想に燃える若き英雄だが、突きつけられる現実は・・と言った。
劇中、宇宙軍を退役する予定だったブライト・ノアが、地球への赴任を命じられて自宅から出かけるシーンがある。(ミライも登場)
おそらく第三部ではテロリストのリーダーとなったハサウェイと遭遇するのだろう。
辛い話にならなかったらいいなぁ・・。









