前回の続きになります。
こんなタイトルですが、少し内容が逸れるかもしれません
文章能力がないものでご容赦下さい
前回は私の主観について記載しました。
今回はその続きを記載したいと思います。
後で前回のブログを読んでいたら、ちょっと内容が恥ずかしいなと思ってしまいました。
自分の自意識過剰ぶりが目につく内容な気がしております。
これも思い込みかもしれませんが(笑)
主観と感覚の罠なんていう大仰なタイトルにしておりますが、詰まりは私の勘違いが私の世界を狭めていたというコトです。
自分の認識に誤りがあるのではなかろうか?
と....
思ってはいてもやっぱり意識してないと、元の思い込みの自分に戻ってしまうというコトを繰り返す毎日でした。
自分を観察しても、煮詰まってしまうので今度は他人はどうなのかと思い観察してみました。
他人を観察して思ったコトを自分なりに整理していくうちに
何かのきっかけで人は極端な認識になりやすいのではないかという仮説に至りました。
友人の恋愛話、夫婦仲の話、仕事での揉め事、全員とは言いませんが大体3回ぐらい同じようなトラブルや出来事が起こると
極端な認識になっているような気がします。
例えば、仕事であれば、自分は会社で嫌われている、世の中に通用しないのではないか?
とか
恋愛関係であれば、自分は一生孤独なんじゃあなかろうか?
とか
私もそうでした。
世の中に対して極端な見方をしており、変なところに拘っているところがありました。
他人を観察することで、ああなるほど
私も同じなんだなと感じたコトで、その認識から抜けるコトができた気がします。
人によっては逆にポジティブな認識になった人いましたので、悪いものではないのかもしれませんが...
でもそうやって見ていくと、人間とはとてもシンプルな構造でできているのだろうなと思います。
自分を知るためには、他人を知ること
そうすること自分自身から自由になっていくような気がします。
そう考えると自分と外側の世界は繋がっているんだな
本当はひと繋がりなのかなと....
なーんてコトを思ってしまいました。
前回の内容から少し逸れてしまった感がありますが
今回はこのぐらいにしておきます。
そう言えば、この間不思議な形をした居酒屋さんを見つけました。
全然関係ないですが、シェアします(笑)
では!

