みなしゃん こんばんは

今日も梅雨らしい熊本でしゅ

警報が出ているワリには
それほど雨も降らず
あむあむしゃんは高森へ出かけました

そのことはまた後日書くことにして
昨日は「沖縄慰霊の日」でした

旧日本軍の組織的戦闘が終わった日とされ
最後の激戦地となった摩文仁にある
平和祈念公園で
戦没者追悼式が行われていましゅ

この平和祈念公園にある
「平和の礎(いしじ)」には
国籍・軍人・民間人の区別無く
沖縄戦で命を落とした
24万人以上のみなしゃんの名前が
刻まれていましゅ

悲惨な戦争の教訓を
後世に伝えることが目的でしゅ

これを受けるかのように
今年の式典で「平和の詩」を朗読したのは
宮古高校3時生の仲間友佑しゃん

当然ながら彼は沖縄戦のことは
知りましぇん
しかし今世界で起きていることを知るにつれ
平和を祈り続けた人々の思いを
踏みにじるような行為が
いまだに世界にはあることを知り
怒りの感情が込み上げてきて
およそ一週間でこの詩を書き上げたという


平和を願う若者の心の叫び

一言 ひとこと かみしめながら
読んでいただければ幸いでしゅ


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平和の詩 全文 



「これから」


 短い命を知ってか知らずか

 蝉が懸命に鳴いている 

冬を知らない叫びの中で

 僕はまた天を仰いだ 

あの日から七十九年の月日が 流れたという 

今年十八になった僕の祖父母も

戦後生まれだ 

それだけの時が 流れたというのに 

あの日 短い命を知るはずもなく 

少年少女たちは 誰かが始めた争いで 

大きな未来とともに散って逝った 

大切な人は突然 誰かが始めた争いで 

夏の初めにいなくなった 

泣く我が子を殺すしかなかった 

一家で死ぬしかなかった

誰かが始めた争いで 

常緑の島は色を失くした 

誰のための誰の戦争なのだろう 

会いたい
帰りたい 
話したい
笑いたい 

そういくら繰り返そうと 

誰かが始めた争いが 

そのすべてを奪い去る 

心に落ちた 暗い暗い闇は

あの戦争の副作用だ 

微かな光さえも届かぬような 

絶望すらもないような 

怒りも嘆きも失くしてしまいそうな 

深い深い奥底で 

懸命に生きてくれた人々が 

今日を創った 

今日を繋ぎ留めた 

両親の命も 
僕の命も 
友の命も 
大切な君の命も 
すべて 心に落ちた 

あの戦争の副作用は 

人々の口を固く閉ざした 

まるで 戦争が悪いことだと 

言ってはいけないのだと 

口止めするように 

思い出したくもないほどの  

あの惨劇がそうさせた 

僕は再び天を仰いだ 

抜けるような青空を 

飛行機が横切る 

僕にとってあれは 

恐れおののくものではない 

僕らは雨のように打ちつける 

爆弾の怖さも 

戦争の「せ」の字も知らない 

けれど、常緑の平和を知っている 

あの日も 海は青く 

同じように太陽が照りつけていた 

そういう普遍の中にただ 

平和が欠けることの怖さを 

僕たちは知っている 

人は過ちを繰り返すから 

時は無情にも流れていくから 

今日まで人々は 

恒久の平和を祈り続けた 

小さな島で起きた 

あまりに大きすぎる悲しみを 

手を繋ぐように 受け継いできた 

それでも世界はまだ繰り返してる 

七十九年の祈りでさえも 

まだ足りないというのなら 

それでも変わらないというのなら 

もっともっと これからも 

僕らが祈りを繋ぎ続けよう 

限りない平和のために 

僕ら自身のために 

紡ぐ平和が 

いつか世界のためになる 

そう信じて 

今年もこの六月二十三日を 

平和のために生きている 

その素晴らしさを噛みしめながら





平和の大切さ
平和のありがたさを感じながら
今日見てきた
雨に濡れたハナシノブの画像を添えて
本日の記事を終わりましゅ