私にできること マラウイ記45 | ぴぎのOptimistic Life

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アメリカ移住直前で妊娠。
異国の地で初めての出産・子育てに臨むと同時に応用行動分析士を目指しています。学生ママとしてキャリアと子育ての両立や応用行動分析学について綴っていきます。

1年間ずっと見てきた生徒が村を出た。


何も言わず、誰にも告げず。


彼の腹違いの兄弟だけがそれを知っていた。



なんでもっと早く気付いてあげられなかったんだろう。





彼は約1か月学校に来なかった。


最初はまた何かやって停学にでもなったんだろうって思ってた。

けど、彼の友達が戻ってきても、彼が教室に戻ってくることはなかった。


「まだ欠席してるの?」


とクラスの子に聞く日々が始まった。

それが1週間だか2週間だか続いて、気にはなっていたが、それでも私はあまり心配していなかった。


学校にしばらく生徒が来ないことはよくあることだと言ってしまえば言いわけなんだけど。


ただ、私が心配したのは、勉強が遅れること。国家試験を控えた学年であるから特に。


それで彼の家を訪ねることにした。



そうなって初めて彼が学費を払えずに学校に来れないでいることを知った。


同僚の一人と話して、2人で彼の学費を払ってあげようということになり、その日直ぐに彼の家へ校長が手紙を書いてくれた。


彼の腹違いの兄弟へ渡して、その日のうちに手紙は彼のもとへ届くはずだった。




けれど、手紙は届かなかった。


転校の手続きもせず、彼は母親と村を去った後だった。




なんでもっと早く気付いてあげられなかったんだろ。

1週間でも、1日でも早く私が自分のひっかかりを行動に移していたら、彼は直ぐに学校に戻ってこれたかもしれないのに。


彼の兄弟は私に

「彼が引っ越し先で学校に行っているかは分からない」

と言った。

けど、友達には

「彼は今勉強してないよ」

とチチェワで話していた。その後すぐに

「知らない」

とも加えていたが。



私が気にしていると、

一緒に学費を払う予定だった同僚が彼を呼び戻そうと言ってくれた。

もう1人の同僚が彼と一緒に住んでもいいと言ってくれた。

そして、

もし戻って来れないなら、引っ越した先の村で学校に行けるよう3人で援助してあげよう。もし私立に行くとしたらお金がそれだけ必要でしょ。

とまで言ってくれた。


彼の連絡先は分からない。

分かっているのは引っ越した村の名前だけ。

タウンに近い大きな村で、名前だけを手がかりに彼を探すのは難しいと言われた。

けど諦めたくない。

今出来ることは全部やりたい。

だから今週末その村を訪ねてきます。