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焚火は、言葉よりも先に、音を出していた。
爆ぜるでもなく、主張するでもなく、
ただ、薪が薪として燃える音。

その向こうに、淑女は座っていた。
外套の裾を整え、両手を膝に重ね、
しばらくは火を見つめるだけで、何も言わない。

スナフは、急かさない。
この森では、言葉は追うものではなく、
立ち上がってくるものだからだ。

やがて淑女は、ぽつりと口を開いた。

「SNSを日記代わりにしているんです」

焚火が、小さく鳴いた。

「毎日の出来事や、思ったことを、
そこに置いています」

声は静かだが、どこか慎重だった。

「“書かなきゃ”というより、
“残しておかないと消えてしまう”
そんな気がして」

スナフは、ただ焚火を見る。

「それで……ある日、
少し前まで遡って、読み返してみたのです」

淑女は指先を見つめた。
焚火の熱を確かめるように、
わずかに動く指。

「そうしたら、
気づいてしまいました」

短い沈黙。

「ネガティブなことばかり、
綴られているのです」

焚火の炎が、一瞬だけ高くなる。

「疲れた、うまくいかない、
人と比べてしまった、
今日も何もできなかった――」

声は、言葉を重ねるたびに低くなった。

「楽しかったことも、
悪くない日も、
きっと、あったはずなのに」

淑女は顔を上げ、
森の暗がりを見つめた。

「文字として残っているのは、
ため息のような言葉ばかりで」

そして、ほとんど独り言のように言った。

「……私の人生、
なんなんだろうな、って」

風が、森を渡る。
乾いた葉が、焚火のそばに落ちる。

スナフは、その葉を見てから、
静かに口を開いた。

「かの人は言いました。
日日是好日
良い日、悪い日ではなく、
日々、是(これ)、好日であるということ」

「…好日」
淑女は呟きました。

「1日1日が尊き日であったこと。
過ぎた日であれ、
これから紡ぐ日であれ、
貴女をつちかってきたものであること。
貴女をつちかっていくものであること。

そこに善悪はなく、
そこに上下もなく。
そこに損得もない。

晴の日が花の姿を育てるように。
雨の日が花に糧を貯めるように。

光の当て方次第でいかようにも"日"とは変わるもの、やもしれません。」

焚火は、ただ燃えていた。
裁くことも、比べることもなく。

焚火の音が、少しだけ遠くなった。
代わりに、森の奥から、風の通る音が聞こえる。

「あの日も、あの日も…好日だったんでしょうか」

淑女は、確かめるように呟いた。
問いというより、
記憶をひとつずつ撫でるような声だった。

ひとつひとつの日々を、
胸の内で、そっと照らし合わせていく。

なんでもなかったはずの日に。
悪かっただけのはずの日に。

違う角度から、光があてられていく。

ため息しか残らなかった夜。
書きつけた言葉を、すぐに閉じた朝。
何も進まなかった、と決めつけた一日。

それらは、
消えることなく、
形を変えながら、そこに在った。

スナフは、静かに言った。

「貴女の過ごしてきた日に、
色褪せた日などなかった。
私は、そう思います」

淑女の頬を、
一筋の涙が、音もなく伝っていた。

それは、悔いの涙ではなかった。
何かを失った涙でもなかった。

――確かに、生きていた。
そのことに触れた、涙だった。

森の向こうで、
葉擦れの音が、ひとつ、道を示す。

淑女は、立ち上がった。

焚火を振り返らず、
けれど、もう迷わず。

今日という日を、
好日として抱いたまま。

焚火のそばに座った淑女は、しばらく火を見ていたが、
ふいに、ため息とも愚痴ともつかない声を漏らした。

「…どうしたらいいのか、分からなくなりました」

火が、静かに揺れる。

「やるべきことは、たぶん分かっているんです」
「でも、それが“今やるべきこと”なのかは、自信がなくて」

膝の上で、指を組み直す。

「意味があるのか、とか」

「ちゃんとした選択なのか、とか」

「あとから見て、間違いじゃなかったって言えるのか、とか」

言葉が、だんだん雑になる。

「考えすぎだって言われるんですけど」

「考えないで動くのも、怖くて」

焚火が、ぱちりと音を立てた。

「理由が欲しいんです」

「説明できる理由が」

「これで良かった、って言える根拠が」

淑女は、小さく首を振った。

「でも、そんなもの、最初から分かるわけなくて」

「分からないまま動くのが、どうしても出来なくて」

沈黙が落ちる。
森の音が、少し戻る。


その沈黙の中で、スナフが口を開いた。

「かの人は言いました。

自ら・・・

得れば即ち高歌し、

失えば即ち休す、

多愁多恨また悠々

今朝酒あれば、今朝酔い、

明日愁い来たれば、明日愁えん」




思い通りになれば、高らかに歌い、

失意の身となれば、休息をとる。

愁い(悲しみ)や不満は多くとも、

悠々とやっていく。

今朝、酒があれば、今朝酔い、

明日に悩みあれば、明日悩めばいい。



「ある詩人の句だそうです。

流れに身を任せるも手のひとつ。逆らえばいいというものでなし」


けっして、堕落した生活を推奨しているものではありません。

どうあっても、どうにもならぬ時もあり。

そんな時、逆らうばかりでなく、流れに身を任せてみるのもいいのでは?

そんなところでしょうか。



水のように、あるがままの形に流れていく。

その方が目的地に早くつくこともあるのかもしれません。



嬉しい時には喜び。

悲しい時には悲しむ。

人も自然の一つであるなら。

あるがままに任せてみる。

その方が、上手くいく時もあるのやもしれません。


「考えすぎていたのかしら…」

そう呟いて、
淑女は、それ以上考えるのをやめた。

焚火は、相変わらず揺れていた。


 

人内と人外の境目にある喫茶店。
メニューは珈琲(ブラック)のみ。
席に座ればいつのまにか差し出され。
人内から流れてくる"オト"を楽しみながら一休み。
そんなお店です。


隣の淑女は高揚した様子で言葉を続ける。

「私の方がフッてやったのよ」

「私がどれだけ尽くしてやったか」

出された珈琲に手も付けずに、まくしたてている。
 

喫茶そんぐすでは、時折、珈琲に“なにか”が添えられることがある。
それは、これから起こり得るなにかのために置かれる。

そっと置かれていたものは…絆創膏?

 

「アイツ、私の事ずっと騙してたのよ」

「私を裏切ったこと、後悔させてあげるわ」

「私の事なんだと思っているのよ」

 

店内に静かに曲が流れだす。


『かさぶたぶたぶ』


陽気なリズムが鳴り響く。

一方、淑女のトーンは落ちていく。


「私のなにがいけなかったの」

「私、どうしてたらよかったの」

「私…」


その頬を涙が伝う。

 

妖精さんは絆創膏を手に取り。
そっと、淑女の額に貼る。

「…?」

淑女が妖精さんを見る。

「大きな傷が出来てしまいましたね。
でも、ちゃんとふさぎましたから。
あとは少しづつ、傷が小さくなるのを待つだけです」

曲はサビに入り、より一層音が大きくなる。

 

カサブタブタブカサブタ


淑女はもう涙をこらえてはいなかった。
両の手で顔を覆いながら、大いに泣いていた。

 



【かさぶたぶたぶ】
歌:BUMP OF CHICKEN
作詞:藤原基央
作曲:藤原基央


数ある「BUMP OF CHICKEN」の曲の中でも「人外」人気の高い曲です。

それ以上ひろがらないように。

それ以上酷くならないように。

そっと貼られる絆創膏。

そんな存在で居たいという願いなのかもしれません。