ゲーム論理GLの論文を精読中。

この論理系の基本構造は、記述言語間の階層性に見出だされよう。

基礎言語に選言・連言に関し無限を許容した古典論理の拡張言語を据え、それは7つの公理群と5つの推論規則から成るGL0を形成する。

ここから各プレーヤーの認識状態及び推論能力を表現する言語GLpが構成される。この系は観察者にとっては対象言語であり、プレーヤー同士の相互作用的認識を三人称化して得られる記号体系である。公理群や推論規則はGL0のそれらに様相作用素Kiを付加して得られ、更に3つの公理(矛盾不知、連言と全称作用素に関するバルカン公理)が新たに加えられる。直観的に問題だと感じるのは矛盾不知の公理である。これは形式的に次のように表される:

┓Ki(A∧┓A)

つまり、プレーヤーiは矛盾律を知らない、と言っている。これはどうやらGLpのメタ言語GL0で矛盾律を可能にするためのものらしく、それは理解できるが、この仮定を置いてはもはやプレーヤーと観察者は同じ論理能力を持つとは言えなくなるだろう。にもかかわらず、同論文上でその同等性が定理として証明されているのである!

話を戻すと、同様の発想の下に超限数ωの階数まで言語が構成される。というのも、その趣旨は共有知識を様相作用素Kの無限の入れ子で表現することにあるからだ。

しかし、これはこれから見ていかねばならないが、ここにふと疑問を感じる。つまり、離散構造の中で収束を表現できるのかということ、これは不動点論理の適用に関わる。

まぁ、とにかく読み進めてみよう。



 

ゲーム展開の帰納的表現には幾通りかの仕方が試みられているのが現状か。


① 基礎論理に直観主義的論理を据えるもの(Nobuyuki Suzuki)

② 基礎論理に非単調論理を据えるもの(Nicholas Fillion)

③ 個人経験をモデル化し、展開形表現に代わるインフォメーション・プロトコル理論のフレームで表現するもの(Mamoru Kaneko & Jeffrey Kline)


正直、どれがシンプルで表現力が豊かかは今のところ分からない。 おそらく①→③の順に理論の複雑さが増すだろう。


他にもBaysian epistemologyと認識論理を組み合わせた表現があるにはある。この場合技術的な問題として、Baysian epistemologyでは事象の同一性に基づいた代入ができないという計算上の問題があるし、認識論理ではそもそも事象の集合演算ができないという制約がある。