昨年東京マラソンに10kmの部で出場する際、「次はフルマラソン走りたいね」、友人とそう誓った東京マラソンでしたが、ツキに見放され今年は抽選もれ、おまけに友人とも疎遠になってしまいました。
ただ、そう思った瞬間は大切にしたい。そんな思いから同じ東京の冠がつく荒川マラソンを走って来ました。

onion web log-荒川朝

前日までの雨が嘘のように晴れ渡った荒川・埼京線近くの運動公園に、約1万8千人が集結しての一大イベントです。
街なかを駆け抜ける東京マラソンのように、沿道からたくさんの声援をおくられてのランニングもパワーになりますが、河川敷を一心不乱にゴールを目指すのも、空気も比較的キレイだしなかなかいいもんです。

実は2週間前に同コースを下見がてら試走しました。そのとき往路で古傷のヒザを痛め、復路は歩いたものの後日になっても痛みがひきません。「出場断念」まで考えましたが、針治療と整体で強行出場することにしました。それは、友人との約束を必至に守ろうとするメロスのような心境です(笑)

昨年秋の初フルとなった河口湖マラソンでは、1km6分ペースで走ったため、2周目からがた落ちしてしまい、残り4キロを歩いてしまったのが反省点です。
今回の目標は"走りきる"こと。それだけを念頭にスタートしました。制限時間は7時間です。

コースにはほぼ平坦で1kmごとに表示が出ていてとても走りやすく、給水所も1.5キロごとに設置され、青梅の時のように奪い合うようなことはありません。
そういえば今回ボーイスカウト足立団だと思いますが、ほぼ全部の給水ボランティアを行っていました。カブとボーイの編成のようでしたが、なかなか手際よく声もよくかけてくれて励みになりました。

1km7分台。これをなるべく守って走りましたが、やっぱり15km過ぎから徐々にダウン。
総武線の架橋をくぐって荒川大橋の折り返し地点では、バテバテでヒザがズキズキで、とても走ってゴールなんて絶対ムリといった体たらくです。

それでも1km10分(笑)くらいのカメのペースで、走る人と歩く人の真ん中くらいのスピードでノソノソといった感じで走り続け、給水所の200mくらいだけを"歩くところ"と勝手に決めつけて、それ以外はカメになって走りました。

そういえば、折り返した後の給水所脇の土手で、休んで足を揉んでいたところ、たぶん初マラソンだと思われる女性に声をかけられましたが、こちらにまったく余裕がなく、あまりかまってあげられなかったのがザンネンです。完走できていればいいんですが。

onion web log-荒川ゴール

そんなこんなで、おかげでなんとか走ってゴールできました。タイムは河口湖より約1時間遅れのギリギリ6時間を切ったくらいですので、まったく威張れませんが、とにかくカメなりに走りきったことで目標は達成したことになります。

それにしても、河川敷という沿道にわざわざ出向いてくださって声援をもらえるのはありがたいです。個人的に飴や補給食を与えている方々も大勢いました。仮設トイレもこれでもかってくらいに数多く設置されており、まったくもって青梅の実行委員にも見せてあげたいくらいです。

さて来年は・・・約束は果たしたと思いますので、走ることは続けても、もうフルマラソンには出ないと思います。
もし2010年の東京マラソンに当選したら・・・それはその時に考えます。
当面としては、次は4月5日の高水山トレイルランで、それが終ればチャリシーズンに入って行きます。

不況だからこそ不器用に生きてみたい。だから趣味も頑張ります。


2008年米アカデミー賞 短編アニメーション賞の受賞作品です。
あらすじは、映画宣伝文をそのまま引用しますと…

海に浮かぶように建っている、まるで「積み木」のような家。海面がどんどん上がってくるので、上へ上へと家を「建て増し」続けてきたからです。そんな家にひとりで住んでいる頑固な老人の家族との思い出の物語。  ROBOTページより

onion web log-つみき

受賞するまではYou-Tubeで見ることができましたが、制作会社であるPOBOTが差し止めを要求し受理されたようです。現在では全編を観ることができません。
そう、観たい人は劇場で観てね。ということです。

3月7日よりTOHOシネマ系列で凱旋上映されます。
1~2週間程度しか上映期間がないので、ご興味ある人はお早めに。

でも雰囲気だけでもちょっと知りたいという方、以下があります。
総尺24分のうち少しだけ動画が視聴できるようです。
(ROBOT HPをスクロールさせるとあります)

http://www.robot.co.jp/tsumiki/

絵本も出版されていました。
もちろん、監督である加藤氏ご本人の手による絵本です。

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この加藤久仁生氏ですが、まだ31歳という若さです。
多摩美大卒業後すぐにこのROBOTに入社しています。
そう、加藤さんは社員なんですね。だからニュースで「加藤監督 ご祝儀ボーナス!」というヘッドラインが出ていたんです。

さっきからROBOTを連呼しているようですが、この会社見覚えある人は映画館好きです。映画のおわりまでエンドロールをじっくりながめているヒマな方…いえ、素敵な方です。

最初にROBOTをスクリーンで目にするようになったのは、95年岩井俊二監督作品「Love Letter」からです。
そして飛躍的に世に知らしめたのが、本広克行監督「踊る大走査線」シリーズでした。
もっとも「踊る~」はフジテレビとの共同製作のため、製作著作はフジテレビが握っているようです。
その後のスピンオフ作品「交渉人 真下正義」「容疑者 室井慎次」、そして爆発的ヒットとなった「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズなど多くを手がけてきています。
今度映画館に足を運ぶ際は、ガマンして最後のロールまで見てみましょう。なにか発見あるかもです。
ちなみにこの本広さんもPOBOTの社員のはずです。


ところで「つみきのいえ」のタッチ、なんだか懐かしく感じませんでしたか?
哀愁をそそる繊細で粗いタッチ。
もしかするとオマージュも入っているのでは?
93年フレデリック・パック監督作品「木を植えた男」を彷彿とさせます。

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「木を~」は一本の木から根気よく植えていき、荒野を森に変えていった男の物語。
同じく環境問題をテーマとしている点も重なります。
オマージュも込められているのか加藤さんに聞いてみたいものです。
おおかたの予想を裏切って「おくりびと」が米アカデミー外国語映画賞に輝きました。
すごいことだと思います。
日本映画では初の外国語映画賞となるようです。

onion web log-おくりびと


初の外国語映画賞・・・「おや?」と思われた方は、たぶんけっこうベテランの映画通です。
アカデミー賞で初の日本映画受賞は昔から、黒澤明監督「羅生門」と位置づけられていたからです。
キネマ旬報にも昔そう載っていた記憶があります。

どちらも間違いではありません。

「羅生門」が受賞したのは1951年のことで、この頃はまだ外国語映画賞という名称ではなく、名誉賞という名前でした。
前身には違いないのですが、外国語映画賞では「おくりびと」が初の快挙となるようです。

ちなみにこの外国語映画賞は、英語圏以外の外国語でつくられた映画ならすべてが当てはまります。
アメリカで公開されていなくともかまいません。
"製作国で7日間以上連続公開された商業映画"であれば選考基準に入るそうです。
じゃぁ選考はどこが?というと、日本の場合は「日本映画製作者連盟」ってとこが、その年封切られた我が国いちおしの映画を選考し、満を持してアカデミーに出品するわけです。

その世界各国から集まった映画を映画芸術科学アカデミー会員たちが、よってたかって厳選してノミネート作品5本を選び出す仕組みです。

1956年から始まった外国語映画賞の中で、いままで日本映画が出品後にノミネートまでこぎ着けた映画は11作品にのぼっています。
最近だと2003年の山田洋次監督「たそがれ清兵衛」ですが、その前はというと、ずっと遡って1981年の小栗康平監督「泥の河」までありません。
そういった意味では悲願達成といっても過言ではないでしょう。

ただ、うがった見方をすると、このアメリカ不況下に抱き込んどきたい日本。
ある意味日本を持ち上げようとしているアメリカ政府とリンクするとも深読みはできます。
政治が文化に口出ししはじめたら終わりです。
でも、過去の歴史を振り返ってみても、なかったとはいいきれないのが世の中で(笑)

まぁ、ひとつだけいえることは、そんな詮索は無用なくらい、今回の「おくりびと」は名作です。

確かに日本の私たちには名作ですが、じゃぁなぜアメリカでウケたか・・・
脚本の小山薫堂氏がラジオの取材で、冗談混じりに面白いことをコメントしていました。
「映画の中の主人公はオーケストラをリストラされて納棺師というまったく別の職業に転職した。いまアメリカも多くの失業者を抱えている。全く違う形での転職、という明日の生きたかを映画に学んだんじゃないだろうか」と。

現実主義に生きるといわれるアメリカ人を考えると、リアリティある言葉のように感じました。


自分の希薄な記憶に寄ると、いまから遡ること十数年前(初版93年)、その当時たったの50部しか世になかった自費出版「納棺夫日記」が奇遇にも本木雅弘氏の目に留まり、ある気持ちを密かに暖めていた。それを2005年、小山薫堂氏に持ちかけた。「映画にしたい」と。


麻生やら中川やら二代目おぼっちゃんが、マンガよろしく好き勝手に日本をいじくり回して、金持ちが道楽で負けたゲームのツケを庶民にまわして「あー失敗しちゃったねぇ」なんて人ごとのようで、まったく明るい兆しなしの不況まっただ中なだけに、この日は明るいニュースに心湧いた一日でした。