こんにちは。行政書士もできる往年の映画ファンgonzalezです。
訪問ありがとうございます。
今は昔、岩波ホールにて上映される作品群に強い憧憬の念を抱いていた。もちろん今でもその特別な想いは変わらないが、地方在住のにきび面で坊主頭の中学生にはことさらであった。
まあ、そんな感じで“岩波ホール”は超高級レストランとでも言ふべき存在。上映作品はまだ見ぬ御馳走だった。
しかも、ラインナップは聖林映画ではなく、あまり聞かない國からやって来た映画群が多かった。そこに何となくハイソサエティな印象を受けたものだ。
嗚呼、俺も早く鑑賞して大人気分を味わいたいものだなあ。と激しく憧れ、渇望した。
その後30年あまりの時を経てもなお渇望して止まなかったのがカール・Th・ドライヤーの『奇跡』とこれ。
『ピロスマニ』 Pirosmani (‘69 旧ソ連) 87分
梗概
グルジア(現ジョージア)の画家ニコ・ピロスマニは独学で絵画を描く。その技法は彼独自のもので甚だ印象的だった。酒場や食堂で葡萄酒や食事の代価として絵や看板を描いたものだ。
友人と乳製品を扱う商売も才覚がなく長続きせず、自分の結婚式もエスケープするなど束縛されることを嫌い、一か所に定住することなく転々として暮らしていた。そんな彼に転機が訪れる。その絵を目にしたロシアの画家が深い感銘を受け世間に周知しようとする。好評を博し前途は明るく思えたが同時に酷評もされ、誇り高いピロスマニは深く傷つき世間との交流を一層避けて暮らすようになる。
その後そっと息を引き取り、その墓は今なお特定されていない。
*記憶に残る印象的なカット 壁には彼の作品“ショタ・ルスタベリ”(高名な詩人)*
忘れ難き画と人名。ある時、県都で旧ソ連映画特集が催された。そのリストに見出したのはまさしくそれだった。30年ほどの時を経て実現する映画鑑賞。岩波ホールではなかったものの県庁前にあるちょっとした歴史的建造物の一室で。
*書割のような風景*
芸術家といふ人達はおしなべて偏りが激しく、世間的には奇人変人とみなされる例は古今東西枚挙に暇がない。今で言ふところのアスペルガー症候群を含む発達障害の傾向が強かったりする。ピロスマニの人生に想いを馳せると彼もそうではなかったか。と思うのである。
*壁には彼の描いた看板“冷やしたビール”(1895-1903年)*
対人関係の拙さ、引きこもり傾向、気分の変化の激しさ、描画以外の事柄に無関心・無頓着、強いこだわり、激情家…。同時にこの世に二つとないオリジナリティ溢れる芸術感覚とそれを表現する才覚を併せ持つ天才性。通常の社会生活を営むには苦労したことだろう。
*キリン(1905年)* *座る黄ライオン(?)*
*小鹿のいる風景(?)目がキュート♡* *小熊(?)*
本作はそんな彼の画描きとしての半生を描くのだが、画面の構図がシンプルかつ幾何学的に整えられるなどして一葉の写真や絵を眺めているようで強い印象を残す。
カメラは常に被写体を正面から真っ直ぐに撮るスタイルなので一層絵画を思わせる。しかもそれは意図的にピロスマニのスタイルを取り入れた結果だろう。彼の絵を観てもらえばすぐに理解できよう。
人物像はみな真っ直ぐに鑑賞者を見つめている。自分が本作に惹かれたのはその画面の構図とシンプルなタイトルにあった。
*五人の貴族の宴(1906年)*
幼稚に見えるその絵。だが、ピロスマニは黒いキャンバスに描くといふ独自の技法を駆使。下地の黒を上手く利用した。
さらに、光源が上下から対象物を照らす。下にはそんなものは見出せないにもかかわらず。不思議な手法だ。
また、彼の作画文法とでも言ふべき特徴として、黄色い鳥や切り株、ジョージアの風土記のごとき伝統的風俗画などが挙げられる。
*女優マルガリータ(1909年) 黄色い鳥と右に切り株*
*劇中のマルガリータ 「百万本のバラ」に登場する女優のモデル*
*右の男性(タマダ=宴会の長)が持つ角杯(カンツィ)、卓上には三日月型のパン(デダスプリ)、手前には酒袋(ティキ)*
本作のタイトルも簡単に『ピロスマニ』である。字面だけでは何だかわからない。想像力を掻き立てる5文字だ。
ここでちょっとしたトリビアだが、加藤登紀子が歌ってブレークした「百万本のバラ」の主人公の画家はピロスマニだと言ふことである。
さて、今年は奇しくもピロスマニ没後100周年の年に当たる。
その記念事業の一環だか分からないが、先月目にしたのは新聞の小さな映画案内。岩波ホールで二本立て。その一本が本作だった。しかも『放浪の画家ピロスマニ』なるタイトルになっていた。
2015年のデジタルリマスター版上映に続いてのリバイバル。次いでながらもう一本は『あぶない母さん』だ。
余談だが、過去の名画タイトルが変更される例がちらほら見られる。本作もそうだが、ロベール・ブレッソン監督の『抵抗』も今では『抵抗(レジスタンス)-死刑囚の手記より-』みたいな感じになっている。
それはともかく『ピロスマニ』といふ素朴な映画は多くのシネフィル達にとってちょっとした珍味として歓迎されることだろう。本格料理店“岩波ホール”に出向かずとも、いわば出前を取寄せる感覚でDVD鑑賞もできる時代だし。
参考までに画家ニコ・ピロスマニをもう少し知りたい人は集英社新書ヴィジュアル版「放浪の聖画家 ピロスマニ」(’14)を手に取ってみるとよいだろう。
ピロスマニギャラリー
*雄鶏と雌鶏とひよこ(?)背景に扉の前に立つ子どもを呼ぶ農婦の姿*
*天使の舞う復活祭の祭壇と子羊(?)人面鳥のような天使、卓上に卵*
*シャミールを捕らえるバリャティンスキー大公を助けるシェテ(?)*
*酒袋をかつぐ男(?)* * 樽をかつぐ男(?)* 左右ワンセット
*ジョージア産ピロスマニ・ワイン 陶製ボトルの人物は上の赤シャツおぢさん↑*
*収穫祭(?) 手前に酒袋、左に葡萄を踏む男、右端に葡萄を摘む女性、宴会に行きたがる小熊(可愛い!)*