さて、自宅へ戻り三日後の弁護士との面談に備えて、改めて時系列に書いたものを見て頭に入れる。歳を取ると次第に記憶力も低下するし(私のこと)、ましてや亭主の家系の事なんてあまりに登場人物が多すぎて、今も把握でき切れない。

 

世間では「一人っ子はかわいそう」なんて決めつける者もいるが、こんなトラブルを目の当たりにすると「一人っ子\(^o^)/」と思ってしまう。ヨシエの時代は子だくさんが当たり前の風潮だったが、今は違う。「一人っ子がかわいそう」なんて嘆いたり、二人目不妊を諸悪の根源のように思う者もいるが、んなことを悩んでいる暇があれば、ひとりの我が子を、ひとりでも生きて行けるように育て上げる方に目を向けるべきじゃないかといつも思う。人は、足りていないから不幸なのではなく、足りていることを理解できないから不幸なんだと、教える側の親の頭が足りないことが悲劇なのだ。

 

すいません、取り乱しました滝汗

話を戻します。

 

ヨシエ宅に行くまでの間、私は毎日、電話をした。どのようなことを行い、問題点を取り除いていくのかを毎日、根気よくヨシエに説明を続けた。不安そうに返事をする電話越しに聞こえるヨシエの声に、老いって残酷だなと毎度、思った。

 

 

弁護士事務所へ行き受任の契約を行う日。

私は娘も同行させた。子どもだから大人の恥部を見せない・聞かせないではなく、私は敢えて見せようと思った。娘にも事情を説明し、遊びで行く訳ではなく、アンタにはヨシエの心のケアを任せたいと伝えた。そして、滅多に見られない弁護士とのやり取りも見ろと言った。好奇心旺盛な娘はノリノリで支度をした。

 

娘は天気予報を見て折り畳み傘を鞄に詰め込んでいたが、私もまた天気予報を見て傘の用意はしなかった。そう、娘は正しかった。私は自分の住む土地の天気予報を、娘はヨシエの住む土地の天気予報をみていたのだ。後に私は冷夏の雨の洗礼を受けることとなる。チーン

 

 

ヨシエ宅に着いてすぐに、本日の行動をダイジェストで説明する。

前回帰宅する直前に私は大き目の茶封筒をヨシエに渡し、それに故人やヨシエの戸籍等の役所での書類や印鑑、相談に必要な書類の全てを入れて保管するように言っていた。ヨシエは笑いながら

「これなら大丈夫よねぇ」

と、茶封筒にそれらを突っ込むと笑顔で、タンスの引き出しに入れた。

「当日まで触らないから。何か欠けても困るし」

そうして、用意をした茶封筒をヨシエは出すとテーブルに置いた。そして、財布などあれこれ鞄に詰め込み始めた。私と娘は先に家を出て、戸締りを終えたヨシエが後を追うように合流して、車に乗り込んだ。さぁ、弁護士事務所へ!!

 

 

街中でビルを見つけて、私たちは車を降りた。約束の時間まではまだ、30分ほどある。あまり早くても迷惑だろうと、私たちはビルの前のベンチに腰掛け三世代ガールズトークを開始したのだが……

話をしながら私はヨシエの手元に視線をロックオンした。おいおい、まさか……

「荷物はその手にある鞄だけ?」

私の質問にヨシエは

「そう。ってか、このバッグいいでしょう?」

と、笑う。

「いやいや、その小さなバッグにあの茶封筒は絶対に入らないよね?」

「茶封筒」の言葉にヨシエの顔は青とも白ともつかない血の気のない色になり、次第に黒い縦線が入るのをリアルタイムで見る私。ヨシエは数秒でカメレオンのように葬儀場の白黒の鯨幕色に顔を変化させた。

「忘れてきた。茶封筒はテーブルの上だわ……」

一気に胃が痛くなる私にヨシエは

「これからタクシーに乗って取ってくるわ。間に合わせるから、絶対に!」

万が一、間に合わないことを想定して私たちはここへ残り、時間が来たら先に弁護士事務所へ行くこととなった。

「じゃ、行ってくるわ」

バッグを弄りながら車道へ向かうヨシエの足が止まる。

「……財布も忘れてたわ」チーン

ヨシエは私から渡された数千円を手にして、タクシーに乗り自宅へと消えた。

 

約束時間ギリギリに、ヨシエは息を切らせ戻って来た。

この人、二度ほど心停止をしていてAEDで蘇生しているんで、その姿に今度は私が不整脈が出た。(ほんとうに)

「何だか不整脈出て来た」

と私が言うとヨシエは真顔で

「あれね、電極パッドが二枚あるから、一個ずつ着けて通電したら一緒に助かるじゃない」

と言われた。ヨシエが『ブリ』だったなら、きっと最高級の天然モノだったんだろうなと思った。

 

パラリーガルのイケメン兄さんに応接室へ通され、私は出された麦茶を一気飲みした。ここまで来れば、後は専門家に任せてラク出来ると思いながら、ヨシエから茶封筒を貰って中を出す。ん…?あれ、ヨシエや故人の戸籍やら様々なお役所から取って来た公的書類がないぞ???滝汗

「あのね、確かここに関係書類を全部まとめて入れたよね?

で、これを持てば全てが整うって言ったよね?」

「そうそう、大切な書類だから昨日の夜、ご飯を食べた後に確認するのにここから出してみたの」

「見てどうした……」

義理の母相手に敬語も使えなくなっていた自分。

「見て、あるなって確認して……あら、そのままタンスに入れたわ」

タクシー使って心停止寸前まで必死に自宅に取りに行った茶封筒の中には、この日さして重要でもない書類しか入っていなかった。ゲッソリ

一気飲みした麦茶が一瞬で冷や汗として、背中を流れ落ちたのを感じる。

 

味方陣営から後頭部めがけて撃たれた気がした。