『海蛍』は特別な趣向を持った方に向けられた不定期連載小説です。

お付き合いの「いいね」は必要ありません。

次回、普通のブログupの時に、またお付き合いください。

 

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一週間にも満たないアメリカ滞在から戻った薫。
出迎えた橋本醫院では、誠らが薫の表情の変化に驚き目を見張る。
クロエを送りに行くことが薫の気分転換になればと思い送り出したはずが、力なかったその
眼はこの橋本醫院を創設した時の様に輝きを放っていた。
「お疲れ様でした、先生。
明日はここでお休みになられて……」
「いえ、明日朝一番で大学病院へ出向きます」
気遣う泰子の言葉を、薫はそう言って遮った。
「大学へって、もうお仕事をなさるんですか!?」
「えぇ。それについて、実は婦長、誠君、正子さんに大切な話があるんです。
診察を終えて落ち着いたら集まって欲しいんです」
正子は薫に圧倒されながらもわかりましたと返事をした。


帰国の挨拶もそこそこに薫は集まった三人に切り出した。
「明日、私は大学に行き正式に話を決めることになると思うのですが……
この病院を去ることにしました」
思いもよらぬ薫の言葉に三人は、悲鳴に近い声を上げた。
「去るも何も、ここは橋本醫院。あなたの病院じゃありませんか!?」
誠は椅子をひっくり返しそうな勢いで立ち上がると、今まで出したことの
ないような声で言った。
「アメリカのクロエさんの病院へ行かれるんですか?」
泰子の問いに被せるように
「誠がここで先生の代わりなどと差し出がましいことをしたからというのなら、
どうかお許しください。もし、そうならばここを出るのは先生ではなく私たち親子の方です」
薫の顔色を窺うよう、泣きそうになりながら言ったのは正子。
ただならぬ気配に薫は大きく首を左右に振る。
「違います、本当に違うんです。
実は大学病院で学生相手に講師の仕事を勧められているんです。
ここには誠君がいてくれるし、大学との提携もあるから必要な医師は派遣してもらえる。
正直、帰国したら医師を辞めるつもりでここを出ようと思っていました。
でも、アメリカで私は医師として、そして人間としての自らの浅はかさに気付かされ
ました。私はまだまだ医師を続けます。学生たちに教える側として。
私は自分の技術や思いを後に続く医師に伝えたい。
ここではできないけれど、大学へ行けばそれができるんです」


薫はアメリカで体験したことを、余すことなく三人に話した。
そして、この選択は決して逃げではなく新たな旅立ちであることを強調した。
「先生は一度口にしたら、絶対に引き下がることはなかったから、今回もこれは相談では
なくて決定事項の伝達なんですよね」
泰子が笑いを堪えるかのように言う。
「でも、この橋本醫院はどうするんですか?
この病院は先生の名前と技術で成り立っていると言っても過言じゃないんです。
大学病院から派遣と言っても、頭数だけ揃えばいいという問題ではないはず。
それに、何よりも……」
「荷が重すぎますか?」
薫の言葉に誠は黙り込む。
「明日、大学に出向くと言っても、まだ相談の段階です。
仮に私が講師を引き受けるとしても、それはまだまだずっと先のことになります。
誠君の不安は理解できます。だから、あなたが安心してここを引き継げるように私は
ひとつの課題を課すことにしました」
「課題……ですか?」
「来月末、君にはアメリカへ研修へ行ってもらいます。
研修先はクロエのいる病院です。
そこで最先端の技術と医師としての理念を学んで欲しいのです。
もしもそこへ行ってもなお、君がこの橋本醫院を継ぐことが出来ないというのなら
私は潔くここを閉院します」
そんな大事を薫は、落ち着き払ったまま言う。
「そんな大切なことを簡単に、それも私の言葉で左右するだなんて……」
誠は不満よりも不安が勝り、今日までただの一度も恩人であり恩師でもある薫に口答え
などしたことがなかったが、今回は執拗に食い下がる。
「クロエの病院は私の理想とするものが全てありました。
それは病院という組織だけではなく、医師を始めとする職員、患者、地元住民とが
一丸となって。どれをどうか君の目で見て手で触れて心で感じて欲しいんです。
医学は今後も進歩し続けるでしょう。そう遠くない将来、大学のくだらない派閥なんて
システムも消え去り、医学に関しては国境が無くなることを私は願ってます。
どうでしょう、私の果たせなかった夢の続きを誠君が繋いではくれませんか」
その言葉に誠は薫の右手に視線を落とした。
薫の夢を奪ったのは自分。その自分を薫は一度たりとも責めたりしたことはなかった。
それどころか自分を後継者として選んでくれた。
そして、この病院を名実ともに任せるとまで言ってくれたのだ。
もう、薫を苦しませることはしたくはない。
「私に橋本先生の代わりが、そんな大それたことができるのでしょうか?」
「君にならできます。必ず……」

誠は薫の申し出を受け入れた。



その後、誠は薫と共に病院の引継ぎを代行の医師に行い、慌ただしくもアメリカの
クロエの元へ旅だった。研修期間は一年。
その間、薫自身もまた、講師を引き受けるために勉強を始め左手で文字を書く練習も
開始した。ペンを手にする練習と並行して、チョークを手に黒板に文字を書くことも。
それは辛くも苦しくも、ましてや恥ずかしい感情など薫には皆無だった。
これをマスターする頃には誠も帰国し、自分も新たな道へ踏み出す希望へ続く訓練。
誠不在の橋本醫院で代行医師と共に薫は、その時が来ることを待った。


講師への道はクロエが入院している間に成瀬、伊達を交えて話が進められていたことを
薫は後に知った。大学では薫の専門を生かした整形外科分野を勧めて来たが、薫はそれを
断り臨床医学の前段階である基礎医学の講師の道を選択した。
病める者を救いたいという情熱だけでは医者にはなれない。
それに応じた常に最良の知識・態度・技術、そして患者と向かい合いその苦しみを
分かち合えるだけのコミュニケーション能力が不可欠となる。
今はまだ治せないであろう難しい病や怪我であっても、諦めることなくそれに立ち向かって
行く思いを養う医師。


『この病院は絶望を知らぬ者に、門扉を閉じることはない。

誰よりもこの町を思い惜しみなく愛を与えてくれた日本人ドクターカオル・ハシモト
そのカオルを自らの命と引き換えに救った キャプテン・ヒュウガ
医師としての理念を命尽きるまでこの町に捧げた ドクターアラン・マイヤーズ

私たちはこの三人を忘れてはならない
彼らの大いなる理念は、医学のみに囚われることなく後世に継承していくとが
恩恵を受けた私たちの義務であり責務なのである
彼らの思いは永遠に生き続ける』

銅板に刻まれたあの言葉を薫は常に思い起こす。



季節は色を変え巡る。
薫がひとりで旅をしたあの切ない季節が過ぎ、左手で書いた礼状をクロエに出した頃、
誠の帰国が決まった。


1年ぶりに再会した誠は一層逞しさと誠実さを増したように思えた。
薫に帰国の報告をした際に誠は、クロエの病院に掲げられた銅板を暗唱した。
「あなたに……橋本先生から直接学べた私は恵まれた人間だったのだと、今更ながらに
自覚できました。素晴らしい研修期間を設けて頂き、ありがとうございました」
誠の瞳もまた、帰国直後の薫と同じ燃える眼をしていた。
そして、大学への日々の通いが大変だと薫は大学近くに部屋を借り、ひとり暮らしを
することになった。誠に病院の名を『大橋醫院』に変えてはと勧めたが、誠はそれだけは
頑なに拒否し『橋本醫院』の看板を掲げ続けることを薫に誓った。
「ここは橋本先生のご自宅なんです。
どうか、いつでもお好きな時にお戻りください。『ただいま』って……」
誠の言葉に薫の瞳は揺らいだ。


三人の引っ越しの手伝いの申し出を丁重に断り、薫は整理し僅かになった荷を積んだ
軽トラックに乗り込む。
「お願いします」
薫の言葉に車は静かに動き出す。


何もなかった未舗装の僻地と呼ばれたこの土地も、今では病院を中心に町が形成された。
多くの人に支えられ力を借り、自分の思いを形にできた場所。
瞳に映る景色の全てが思い出深きものだ。
ひとつの時代を築き、それを誠に継承できた喜びは、去る寂しさを遥かに上回る。


失意の中で見つけた新たな道。今の自分だからこそできること。
そう、年齢的にも体力的にも、きっとこれが最後の仕事となるであろう。
薫の瞳に映る橋本醫院は小さくなり、そして視界から消えた。


町はずれ、風に揺れる紅梅が薫を静かに見送った。



2017,2,3

 

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薫、家を出て大学へ講師として旅立ちました。

細かに年齢を計算した紙があったはずなのに、見当たらないゲッソリゲッソリ

そこまで厳格にしたら、面白みに欠けるかと気にせずここまで書きましたと。ウインク

 

夫婦で好きで欠かさず買って読んでいるマンガに『ガラスの仮面』がある。

私が高校生の時には始まっていたと思う。でも、この『ガラスの仮面』もなかなか終わらないんだな。亭主と新刊買う度に「ここで終わりかよっ!」と声が舞う。

美内さんはいつもインタビューで

「ラストは決まっているんですよ。ただ、なかなかそこに行きつかなくて」

と答えていて、作品の結末を知らぬまま亡くなられたファンもかなりいると聞いている。

同じファンとして「ラストがはっきりしているのなら、ジャンジャン描いてくれよな」って思っていたけれど、よく考えるとこれ、私も同じじゃん。滝汗

そう、ラストが明確に見えているのよ。セリフも三上先生の立ち位置とかも。

でも、それが自分にとって素晴らしいと思えば思うほど、そこに行きつく過程で確かに力が入ってしまって。チーン

本家サイトを読んだ方からの感想の中に

「あの警察ドラマでここまで妄想を炸裂させる人って初めてみました」

と。確かにウインク自分でもそう思ってます。

 

妄想炸裂できるから、娘の作文ののびしろを感じ取って

「ここって、他にいくつ違う表現で書ける?」

なんて、添削も出来る訳。

恋愛が男女、それも世間一般的な常識範疇の年齢でしか成立しないなんて小説「しか」書けなかったら、娘の指導も出来なかったと真剣に思ってる。

だから私は自分のこの手の趣味を恥ずかしいなんて精子の大きさ程も思っちゃいない。

と、言っても誤字脱字はチワワ奥や店長に助けられ、表現方法も雑だけど、雑でも創作に関わるってのが、子供の教育に一番のような気がしてる。

そういえば、昨日の私のブログ。娘が読んで大笑いしてたな。