昨日の話。

午後になると外は視界がないくらいの吹雪になっていた。
こんなに日に限って娘が予備校に行く用があって、
「じゃ私は予備校近くのショッピングモールで待ってるわ」
と約束していた。
どんよりとした気分で支度を始めて猛吹雪の中、外へ出た。
地下鉄よりバス停の方が近いのでバスだ、バス!
で、遭難しないうちにどうにかバス停に到着。

でも、こんな時のバスは時刻表なんてあってないようなもの。
下手すれば1時間とか遅延も平気であるし。
今年の大雪でバスルートが変更されて、数日バスが来なかった地域があったことを考えれば1時間の遅延くらい文句は言うまい。でも、バスは来ない……
20分以上歩いても地下鉄の方が良かったかなって後悔し始めた時、バスの勇姿が吹雪の中に見えた。笑い泣き

目の前に止まったバスを見て違和感を覚える。えっ
……バスには乗客がいなかった。
途中下車しちゃったのか、最初からいなかったのかはわからないけれどバスは無人。
(札幌の国道上を走行しているバスなので、無人ってのは今までなかった)
雪もひどいからとにかく乗り込んだ。で、降りる際に杖ついてるんで後ろだと面倒なんで運転手のすぐ後ろに座った。

さて、乗車する際に、吹雪で全身雪塗れで指先も濡れている。
取った整理券が濡れたら困ると思って私はとっさに券を濡れないように咥えていた。
席について落ち着いたんで私は咥えていた整理券を何気なく手にしようと引っ張った。
ぐえっ!
唇に激痛が走る。手にした券を見ると透明に近い何かが付着していた。
「唇の皮、剥けたのかよ」
鼻で大きくため息吐いて、窓の外を見る。

相変わらず雪は酷かった。
車内では「次は〇〇」と放送があるが、吹雪のバス停には誰もいないし私は終点までなのでボタンを押すこともない。
「ん?」
唇に奇妙な滑りを感じた。今まで乾燥していた唇がやたら滑りが良くなっている。
上下左右スルスルと自在に動く。
そのうちに下唇から顎にかけて何となく奇妙な感触がするようになった。
舌先で唇をなめると鉄の風味満載で気分が悪くなる。
すぐに鏡を出して顔を見ると、口から流血していてオカルト映画や切られたお侍さんみたいに滴り始めていた。
咥えた整理券(紙)に、唇の水分を吸い取られ唇の皮と密着していたのを知らずに思い切り引っ張ったので、唇の皮が一気に向けてしまったのが原因だった。それも大半が唇の外側ではなく内側の粘膜だという……

「やべっ!」
ティッシュを出して止血を始めた。が、ティッシュも紙で押さえていれば止血は出来るが、放すとティッシュが皮の剥けた所に張り付いてしまい、それをはがすのがまた痛い。
で、剥がせば止血した倍、また血が出て来る。出て来る様はもう、日本の古典芸能にあった『水芸』だ。
ティッシュは血塗れで放すたびに、白地陣地は確実に減り赤地陣地が優勢になる。オセロだったらもう赤の勝ちは決定的だ。(オセロは白黒か)
ふと、ひとりパニックの最中に視線を上げると、ミラー越しに運転手と目が合った。
どうしていいのかわからず、取りあえず私は笑みを浮かべた。
運転手は口から血を流し笑う、たったひとりの乗客に恐怖を覚えているようだった。
大抵のバスは誰かしら複数の人間がいるから、何かあってもひとりじゃないって心強くもなるのだろうが、今は血塗れの私とふたりきりだ。
私が普通のおばさんだったら、運転手にはこう見えていたと思うが
邪悪なおばさんの姿、運転手にはきっとこう見えていたと思う。

口を血塗れにしてミラー越しに目が合って、運転手の顔は強張っていたもんなぁ。
で、これが出血開始直後のまだ、画像upが許される範疇のもの。
私も血を流しながら撮影すんなと思う。
ここには載せなかったけど、血だらけティッシュが大量に紅梅の如く膝の上に花咲いた。
その後、バス停6つ目で聞いたことのない言語を話すおばさん二人が乗って来た。
雰囲気的にかなり深刻的そうな話をしていた風だったが、運転手には救いの天使に見えたと思う。

終点で降りる時、運転手は私の顔を思い切り見た。
止血しなきゃならんわ、料金は払わなきゃならんわ、ポケモンであまり出ないモンスターが出たから取らなければならんわで、手がふさがっていたから、止血のために(この後、もっと血にまみれた)ハンカチを咥えていて、運転手は関わりたくはないと言わんばかりに合わせた目を逸らせた。
その後、やっと血も止まって、でも、唇は今日も痛い。
しかし、歳を取ると水分が抜けるのかな。
こんな体験(運転手側も)そうそうないと思った。