薫の買ってきた団子でミツと薫は、ささやかな合格祝いをした。
ミツは笑顔で仏壇と日向の分も供えてくれた。
この下宿から医大生が誕生するなんてと、ミツは何度も何度も言いながら目を細めた。
「でもね、医大生が駅の仕分けの仕事をしながら学ぶなんてねぇ。医大の学問はそれはキツいと聴いてるし。そのね……気を悪くしないで聞いて欲しいの。
どうだろう、橋本さんの時間のある時でいいから、この下宿の男手が必要な
仕事を手伝っては貰えないかねぇ」
ミツの言葉に薫は考える間もなく大きく頷く。
「いや、こんなことを言えば、橋本さんはいい返事をするに決まってるでしょう。
これまでだって散々、屋根の修理や塀の直しもしてもらったんだしね。
私が言うのは……この下宿を助けてくれる代わりに部屋代も食事代もいらないってことでね。いっそのこと橋本さんが奥の孫の部屋を使ってくれれば、橋本さんの今使っている部屋も空くし、下宿人をひとり増やせるし。
そうしたら橋本さんの学費も僅かだけど、それを当てれば……」
ミツは薫の自尊心を傷つけぬよう、言葉を選びながら慎重に話をした。
「大丈夫です。遺族会の斡旋で大学の授業の始まる前の2時間と終わってからの数時間、医大病院の下働きの仕事をいただけたんです。
私は海軍遺族ということで入学金は免除され、授業料もかなり安くなってます。
ここへ来てこれまで駅で働いた蓄えも、ミツさんがあれこれ気遣ってくれたお陰で使わずにあります。
ミツさんの親切は、肉親との縁の薄かった自分にとってどれだけ支えになったことか。でも、ミツさんは私だけを気にかけていては、他の下宿人の方々に示しが付きません。現にミツさんを親のように慕っている人が他にも……」
ミツは薫の言わんとすることが理解できた。
確かに自分が率先して薫を贔屓しては、ここでの薫の立場はない。
ミツは自分の孫の最期を見送ってくれた薫に対して、特別な感情を持っていたが、それも度を越せば薫のためにはならないのだとやっと悟った。
ミツが詫びようとした時、その言葉を遮り薫が先にミツに手をつくと頭を下げた。
「こんなこと、正直ミツさんに言っていいのかわかりません……
私の驕りかもとも思いますが、お国のために散って行った特攻隊のお孫さんが果たせなかったミツさんへの孝行、どうか私に真似事でも
いいからさせてください」
「ありがとう、ありがとうね、橋本さん」
ミツは白い割烹着で何度も何度も涙を拭った。

 

 

部屋へ戻った薫はすぐさま、オレゴンのジョージに手紙を書いた。
アランの死を悼む文面と、アランと町のみんなのおかげで今日、日本の医科大学に合格できた旨を書き綴る。本当はすぐにでもアメリカへ行きたいが、医科大学へ合格できた今、アランはそれらを投げ打ってまで、薫がアメリカへ来ることを望んではいないだろうことも書き加えた。手紙を書き終えたのは朝だった。
便箋を何度も涙で濡らし、文字が滲んでしまい実に七回も書き直したためだった。


翌日から薫は入学前日まで、休むことなく駅の仕事を入れ働いた。
これから高額な参考書も必要になる。幾分、日向の残してくれた金はあるが、これには余程のことがない限りは手を付けたくはない。とにかく薫は働き通した。

そして、清明の空の下、桜の花びらが舞う京都の地で薫は医科大学生となった。

 

2016,9,28

 

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やっと医大生になれました。照れ照れ照れ

そうだよなぁ、6年も学ぶんだから友達もいないとなぁ。

本家の方々ならご存じの、あのポーカーフェイスの眼鏡の彼がいいかなぁ。えー

 

 

実は目の前にある、ヘリポートのある病院が医大だったりしてます。(笑)あぁ、取材に行きてぇなぁ。