ここ数日、札幌もクソ暑い。

亭主の少し早い夏休みも終わりに近づいた頃、ぬるま湯にハッカ油を入れた風呂に入ろうと言うことになり支度をした。

以前、探偵ナイトスクープでこれを実験したのを見たが、大量投入した湯に浸かった若者は「寒い、寒い!!」を連呼して、毛布をかぶりガタガタと震えていた。夫婦でそれを見ていたので亭主も「あまり大量に入れないでくださいよ」と言いながら身体を浸水させていく。この男、油断したのか私に思い切り背を向けたので、「大丈夫、大丈夫」と言いながらも死角となった湯船にハッカ油をドボドボと大量投入した。1分もしないうちに亭主は苦悶の表情となり騒ぎだす。もう、ハッカ油に浸ったすべての部位に刺激痛が襲いかかっていた。揮発したハッカ成分が目に痛い。しかし、湯に浸った亭主はもっと痛い。尻の穴までハッカ油が染みたらしく涙目だった。

やっとの思いで湯船から脱出した亭主は、ナイトスクープのようにバスタオルで身体を包み「寒い」と言いながらガタガタ震えている。すかさず私は用意してあったうちわで亭主を思い切り扇いだ。こうしてバカ夫婦の夏休みは終焉を迎えつつあった。

 

今日は、娘は予備校、私は以前からの予約してあった内科での検査結果を訊きに病院へ、亭主は年に一度の健康診断でみんな朝から別行動だった。亭主は札幌駅前のビルで、私は大通公園から少し離れた大きな総合病院で順番を待った。

 

結果、外来で連チャンで面倒な検査をした後、その結果を踏まえて後日、検査入院。太腿からカテーテルを左右の副腎まで入れての検査をした後、副腎片方を切除する手術をすることになるらしい。手術なんてと思われるが、実は手術をすれば今まで苦しめられていた不快な症状からかなり逃げられるらしい。でも、検査で手術出来ないパターンと判断されれば、死ぬまで薬を服用しなければならないと。

で、この病気とわかった人はみんな「どうか手術ができますように」と祈るそうだ。w

娘の宿題の問題があるから、学校が始まる頃に外来検査を入れてもらった。

 

病院の待合室から、そう遠くない場所で検診を受けていた亭主に手術の必要ありとのLINEを送った。誰も想像していなかった手術の言葉に、亭主は間抜けなLINEのイラストを返信してきた。ほぼ同じ時刻に用件を終えた私たち。亭主はバスで街まで来ていて、私は炎天下の中、チャリで街まで来ていたので自宅に戻るまで会うこともないと思っていた。LINEを送りあうが微妙に居場所がズレていて、別に会う気もなかったので、私は大通公園をチャリを押しながらポケモンGOをしながらテレビ塔まで歩いた。テレビ塔を見上げる位置に来た時、亭主が背後から声を掛けてきた。

「げっ、何でここにいるんだよ!?」

怪訝そうに問う私に亭主は何とも言えない笑みを浮かべていた。

とうきびワゴンの横のベンチに座って、私はポケモンをしていた。亭主は落ち込む妻を慰める健気な夫を演じようとしたらしいが、今更副腎腫瘍で手術云々で落ち込むようなタマじゃない妻は、「手術はいいけど、あの病院、ポケモンいないんだよねぇ」と言いながらもスマホから視線を外さない。

「…もっと落ち込んでると思った?」

「…うん」

「ポケモンやって笑っても、落ち込んでも手術は受けなきゃならんでしょう。

 こんなことで落ち込んでるくらいなら、アンタの風呂にハッカ油投入して笑ってる方がいいわ」

私はスマホから目を離さずに言った。亭主は黙っていた。

本当は「こんな広い公園でよく私を探せたね」って言いたかったけれど、何となく言いそびれた。たぶん、これからもこの男はこうして私を探し出してくれるのかもと根拠のない確信が胸に芽生えた。夏の狂った太陽に照らされたアスファルト。大通公園は灼熱化していたが、ベンチで亭主と並んで座っていることが、何故か心地よかった。

ただ、公園の人慣れしたハトたちが、私たちにエサをねだって足元に大量に湧いてきたけど、何もやるものがないのがないことが、何となくそこに居づらくなっていた。

30度を遥かに超えた炎天下の中、テレビ塔の前で私たちは別れた。

亭主はバスで帰宅、私はポケモンしながら帰宅と。

途中、私たち家族が行きつけの床屋さんに寄って、髪の毛を刈上げてもらった。

検査が続く自分には長い髪の毛は面倒以外ないから、思い切り切った。ショートカットは自分の戦闘態勢なのかも知れない。

床屋さんで婦人の顔そりをお願いして、更に1000円カットも追加してもらった。帰宅した妻は毒蝮三太夫になっていたが、娘も亭主も何も言わずに出迎えてくれた。

 

亭主は時間をかけて私の大好きなローストビーフを大量に作ってくれた。

オーブンを何度も覗き見ながら、たれを作り汗だくになりながらも作ってくれた。気の利いた言葉が言えないと自分で思っているんだろうな。でも、言葉なんかよりも私はローストビーフの方が嬉しかった。腹痛になるくらい食べた。

 

風が涼しくなった夜。二人で近所の公園に行った。

ここはポケストップが二カ所もある公園で、家事を終えてからブラブラと涼みながら行くことが多々ある。今夜は亭主も着いてきた。夜の公園で肩を並べながらポケモン集めをした。手術やら思いもよらぬ病名の宣告など、もっと話さなければならないことがあったのかもしれないが、どうでもいいような話に終始した。

歩いていた時には見えていた星も、帰るころには雲で見えなくなっていた。

自宅に戻り、明日からのご飯の支度をしながら「あぁ、夏が終わったな」とぼそりと呟いた。