久々のゆったりした休日の朝。

娘は欲しいCDを予約したからと街中まで取りに行き、そこからあちこち歩いて楽しんでくると言う。亭主はまだ寝ている。んじゃ私はチャリで冷凍焼き鳥でも買って、どこかでひとり焼いて食べようと思いを巡らした。

この年齢になると、誰かと何かをするには面倒になりつつある。焼き鳥にしても、自分は断然「塩」だが、相手がいれば「塩とタレ、どっちがいい?」と意見統一を図らねばならず、何だかそれが面倒になってしまった訳だ。特売チラシを見ながら「ひとり焼肉」に心が踊る。脳内の自分は既にチャリを漕ぎ始め、スーパーで肉を買い炭やアミを後部に載せて大瀧詠一の「カナリア諸島にて」を口ずさんでいる。しかし、大瀧詠一はここでマイクを置いた。
「おはよー……って、何か雰囲気が。何かあるの?」
亭主が起きてきたのだ。
「娘は街中に買い物なんだって。で、私もちょっと出かけようかと思って……」
「何かあるの?」
「…うん。冷凍焼き鳥を買って、バリバリ焼いて食べたいなって思って出かけようかと考えてい……」
語尾が発語されないうちに、亭主は既に自分もその焼き鳥パーティの人選に入っていると思い、支度を始める。いや、アンタはいいんだよ……

20分後、亭主の運転する車に娘と私。娘は途中で降ろして、車内には私と亭主。
「どこに行く?何を焼く?」
亭主はやけにはしゃいでいる。レスのくせして、女房との外出に何で
そんなにはしゃぐんだろうといつも思う。
気乗りしないまま、気づけば車は小樽を超えて余市まで来ていた。
雨にも降られ焼肉は流れてしまい、結局は国道沿いにあった温泉に浸かることになった。
やたらに塩分濃度の強いこの温泉の湯は、デブの敵である。湯の中で大きく息を吸うと私の下半身は、婦人科の診察台に乗っかっているかのような体制になってしまう。本当に尻が見事なくらいに浮かんでくる。周囲の女性たちは先日の選挙や景気に教育問題について語りあっていると言うのに、その会話の横で私は呼吸をするたびに仰向けになった状態で尻の穴を晒すような姿になってしまう。怪訝そうに私を見るご婦人方の視線に耐えられず、私は湯船から出た。
露天風呂で醜態を晒してしまったが、屋内の湯船には先客もなく、ここならいいかと私は改めて風呂に入った。もう、面倒なので尻を浮かせたまま私は温泉を堪能した。


曇天の空は夕暮れを駆け足にする。
結局、温泉に浸かって渋滞した国道5号を迂回しながら山道を疾走した我が家の車は朝里から高速道路に合流した。やっと車は加速しドライブの言葉に相応しく走りだす。と、その時。

最近始まった「SUBARU WRX S4」のCMを思いだした。
SPに石田警部補役で出演していた神尾さんが、大瀧詠一の「カナリア諸島にて」をBGMにして、結婚式帰りにこの車で仲間と共に海にドライブへとって行くあのCM。何となく盛り上がりの欠けた今日を、ちょっとだけ格好つけて締めくくりたくなってスマホでこの曲を探して車内で流す。
「そう、そうなのよ。もうすぐ左手に小樽の海が見えてくるのよ」
と、前奏聴きながらワクワクする。
♪生きることも爽やかに……♪
そうそう、もうすぐあのサビ。
♪カーナリア・アイランドォ~♪来る来る来る!
口を「カ」が言えるように開いて待っていたら、いきなりトンネルに入った。
暗いトンネルの中で、大瀧詠一がカナリア・アイランドと切なく歌う。
視界には「呪いのビデオ」の投稿画像のような暗い染みだらけの壁が流れていく。いやいや、この亭主と一緒になってから、こんなシーンは幾千万あったことか。こんなことでめげてなんていられない。さぁ、2番の「ナーナリア・アイランド」で挽回するぞ!トンネルから出て車窓から外を見る。もうすぐ海だ。大瀧詠一も次のサビに近づいている。再び口を「カ」の発声に用意して歌おうとしたら、今度は鉄板みたいなのが延々と貼られていて海は見えなくなった。
あぁぁぁっ、あの30秒のCMの再現も出来ないのかよっ!
「カナリア・アイランド」のサビは3番と最後のあと4コールを残すのみ。
朝、寝起きで焼き鳥を食べたいから始まった私は今、見えない海にイラつきながら口を「カ」の状態にして頑張っている。焼き鳥=カナリアなのだろうか。
さぁ、ここで言えなければ、今日はアンニュイな日になってしまう。
歌おうとしたその時、車は僅かに徐行した。視界には事故を起こし前方を大破した車がレッカーされようとしていた。
♪カーナリア・アイランドォ♪
海を見ながらの貴重な最後のサビ。曲をBGMにして亭主とふたり大破した車を見ながら「あらら……大変だ」とハモった。
たぶん、私はこの亭主を配偶者とする限り、永久にカナリア諸島には行けない気がした。

夏の微妙な一日はこうして終えてしまった。

一応、参考までにSUBARUのCMを。