熟睡していたのをいきなり起こされ「あんたの母さん、車で轢いちゃいました」って言葉で一気に覚醒した私。電話の相手は、言葉も途切れ途切れで要領を得ない。何だか私からの指示を待っている風にも感じる。「母は生きているんですか!?意識は??いや、病院はどこですか!!!」私も一番に聞きたいことが二転三転する。しかし、次の男の言葉に、昔、偶然テレビで見た(本格的には見たことがないのでストーリーはわからないが)ドラゴンボールで、「俺をここまで怒らせてしまったな」的御託をいいながら“超スーパーサイヤ人”になった孫悟空や黒子のバスケで限界を超えた選手たちが次々に“ゾーン”と呼ばれる域に達していった状態になってしまった。

「あ、生きています。かなり痛がっていますけど……病院はまだです。連れて行こうかと自分の車に載せたけど、整形やってないとかで診てもらえなくて、どこかないかとそれで電話したんですけど……」

このやり取りを書くと原稿用紙10枚を超えるので簡単にまとめると

「あんたの母さんを車で撥ね飛ばしちゃしました。かなり痛がっていて自分は病院へ運ぶのが第一と考え、警察も救急も通報せずに自分の軽車両の後部座席に何とか押し込んで病院巡りをしてますが、受けてくれる病院がなくて困ってます。どこかないですか?」

と、いうものだった。「何故、警察に通報しないの!軽の後部座席に載せたって自力で乗れない程の怪我人なんでしょう?胸部骨折とかしていたら肺や心臓に骨が刺さるってこともあるだろうがぁ!私ら、何のために日頃、税金を払っていると思ってんだ。救急車ってこんな時に使わなくていつ使うってんだぁ!?」私の頭の中はもう、ヨハネの黙示録の七人の天使が横並びで「トランペット吹きの休日」を演奏している状況になった。取りあえず毒母の過去行ったことのある病院で整形のある大きめの病院を思いだし、それを告げた。支度しているから、受け入れされたらすぐに追っかけこっちに教えろと言うと、男は「わかりました」と、弱弱しそうに言った。「あ、待て待て。母の声を聴かせて」というと、電話は毒母に渡った。日頃、暴君カリギュラのような婆さんが、弱弱しい声で「痛いよぉ、助けてぇ」と言う。「今、行くから。大丈夫だから。その男ともきっちり話を付けるから」毒母は電話の向こうで泣いていた。たぶん、テレビで見る家族を人質に取られ、安否確認の電話での通話時ってこんな気分なんだろうなって、私はまたひとつ、普通の人が知らなくても生きていけることを、知りなくもないのに知った。

それから10分ほどして、男からその病院で受け入れられたと連絡があった。私はその場で警察に通報しなさいと、凄みをきかせて言った。まだ小学生だった娘の学校に電話を入れて教頭先生に事情を話し、私が学校へ出向くと娘は既に下校準備ができていた。私は娘とタクシーで指定した病院へ向かった。娘は不安からか、私の手をずっと握っていた。後に娘はこの時の体験を作文に書いて数千・数万の小学生の頂点へ立った。しかし、これはあくまでも『子供目線で見た可哀想はおばあちゃんの交通事故の話』であって、現実には娘も知らないあまりにレアなドロドロした事実が湧いてくることとなる。

で、この話は現居住地ではなく、某地方の某都市での出来事として読んでください。私自身も特定させずに書き続けますから。特定されると困るので。あと、大きな事実以外のか所でフェイク入れます。(セリフはそのままだけど)

まだつづくのよ