暖かな手が自分を慈しむかのように頭を撫でてくれることが心地よかった。高熱を出したとき、姉の敏子が寝ずにこうして看病してくれたことを思い出す。薬など口に出来るはずもない貧困の中、敏子はいつも頭を撫でてくれた。死さえ覚悟した病も、敏子の手はその病魔でさえ取り払ってくれた。
『元気になって、薫。あなたは幸せになるために生まれて来たのだから』
敏子の声が聴こえた気がした。敏子の思いに涙があふれ出る。その涙に気付いた手が、薫の涙を拭う。自分が男であっても、海軍軍人であっても、敏子の前では恥ずかしさは感じない。敏子のその手は薫の終の嗚咽までもを呼び起こした。
「!?」
頬に触れたその手が、やけに大きく敏子のものではないと薫は気づいた。そう、敏子は自死したのだ。そして、その亡骸を荼毘に付したのは自分。だったら、涙を拭うこの手は一体!?薫は驚き、その手を押しどけるように跳ね起きると羞恥と恐怖の入り交じった眼差しを、その手の主に向けた。突然に撥ねつけられた手を宙に浮かせたまま、手の主は薫を心配そうに見つめていた。そこは身分ある者が与えられる個室であり、自分のような者が出入りすることなど許されない場所でもあり、自分を介護してくれていたであろうその男の身なりを見ただけで、かなりの身分であることもすぐに理解できた。
「慌てる必要はないし、気遣いも無用だ。相当の怪我を負っているんだ。今は何も考えず黙って身体を治すことだけを考えればいい」
男は宙に浮いた手で起き上がりかけた薫の肩をそっと掴むと、再びベッドに横たわらせた。
「醜態をさらして申し訳ありません。自分は橋本薫上等衛生兵であります。あなたは……」
「私は日向総一郎。身分は大佐だ」
大佐と聞いた瞬間、薫は総毛だちわなわなと震えながらも立ち上がろうとした。海軍大佐と言えば、かなりの位の艦ひとつを任せられる程の地位にある。普通であれば、一介の衛生兵がおいそれと口などきけることも許されない。しかし、立ち上がろうとすればするほど、薫は焦り思うように身体を動かせない。頭から血の気が一気に引いたと思ったと同時に、天井がぐるりと回り倒れることを覚悟した時、その不安定な身体を日向が慌てて抱きとめた。
「橋本上等衛生兵、これは命令だ。ひとりで起き上がれるようになるまで、ここで休んでいるんだ」
日向の自分への眼差しはまるで、敏子を彷彿させた。
「申し訳ありません……」
逆らえないと悟った薫は、日向の言葉のまま横たわった。軍に入隊して初めて薫は、他人から安らぎを与えられた気がした。

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この手の話を書くとなると、当時の海軍の階級など調べることが必須となります。と、言っても限界もあるので、出来る限り「史実に近い状況」を調べてとなりますが……この辺は「まだ」Amebaでの許容範囲。気兼ねなくゆるゆると書き連ねます。橋本のじぃちゃん借りたついでに、後にミカーミせんせも少しお借りするかと思います。(何となく頭の中でそんな風景が見え隠れしてます)って、この話、読んでる人いるのかな?(笑)

しかし、二泊三日の旅を終えて、その後に一週間くらい寝込まないと身体が戻らないなんて、ホントにしんどいわぁ。今日も一日の三分の二は寝込んでいたし。
この目立たない場所にちょっとだけ書き込みしちゃうけど、東京では警視庁のSPと皇宮警察の護衛官の各一名づつが配置されていたみたいでした。あまりキョロキョロできないので、ここまでしか確認できなかったけど。何年もこの方たちを主人公にした話を書いていると、色々と資料も揃えるわけで、他の人よりは少しは詳しくなりました。

あぁ、ちべた店長の作品読んで泣いたら、こっちもやる気出たから、少しだけどupして寝ます。今夜は領さんの本を枕の下に入れて寝ます。