大人買いしたことある? ブログネタ:大人買いしたことある? 参加中

娘と体調崩して連日、病院通いです。点滴で回復したのもつかの間(24時間持たなかった)次は娘。娘が静かに寝込んでいる間に、ちょっと更新。心配してくださった方、ありがとうございます。
で、『大人買いしたこと?』。大人の時間と空間を買ったことはある。今日はそれを……

大人だからこそ買える時間と空間。それはアダルトなホテルでのひと時。結婚したもののまだ、亭主が純真で汚れていなかった、子供も授かってはいなかった頃の話になる。(妻はまだ今よりは痩せていたし色艶もあったことを付け加えておく)


初冬のある日。雨が雪に変わり始めた中、私たち夫婦は給料日直後の休日、ショッピングを楽しんでいた。久々に夫婦で出かけると言うこともあって私は念入りに化粧をし、お気に入りの洋服を着た。後部座席が荷物でいっぱいになった頃にはあたりは暗くなっていた。
「もう買うものはないよね?」
と、運転する亭主に私は話しかけた。
「うん……」
何となく歯切れの悪い返事。何年か夫婦をやっているとこの「うん」の陰に何かがあると察しがつく。
「他に何かあるのか?」
何だか気になり、私は亭主に再び問い直した。
「あのね…たまには…いや、何でもない」
「何だよ、気になるじゃないか」
ここまで来ると亭主の「あのね」の真意が知りたくて仕方がない。例えどんなにくだらない事であろうとも。
「男だろう、ハッキリと言え、ハッキリと。車の中で暴れるぞ!」
もはや問いかけではなく脅迫である。
「あのね…たまにはね…Hなホテルに泊まってみたいなぁって…」
亭主は真っ赤な顔をしてうつむいた。
「ばっ、ばか!うつむくな、運転中だぞ!!」
ホテルの一言よりも、運転中にはにかみうつむいた亭主に恐怖を感じた私は思わず 大声をだした。

「Hホテルって私たちは夫婦だよ。何だかそういう所へ行くってヘンじゃない?それにさぁ、どこでやっても同じじゃん。一泊する料金があれば一月分の米が買えるぞ」
話しが家計に及ぶと亭主は静かになってしまった。
しかし、私自身の心の中でも葛藤が起こり始めていた。
『最近、倦怠期気味だしなぁ。刺激も欲しいし…』(と、これは私の心の中の声)
「そうだよね、やっぱりお米を買う方が大切だよね…」
「いや、倦怠期夫婦に米俵一俵あっても不毛だ。ホテルに行くぞ!でも泊まりならまだ早すぎるから、いったん帰って出直しだ」
亭主は満面の笑みを浮かべると、思い切りアクセルを全開にした。


帰宅した私はまず、分厚い電話帳を持ち出してきた。ネットなんて普及する遥か昔のことだ。
「えっと、ホテル、ホテル…」
「かーちゃん、何で電話帳なの?」
「米を犠牲にしてまでのHホテルだよ。少しでもいい所に行きたいじゃない?案外、電話帳って広告も出ていてこういう時には参考になるもんなんだよ」
「かぁーちゃん、慣れている感じだよね?」
「……」
思わず言葉に詰まってしまった。
電話帳から数件をピックアップすると私はメモを取った。
「3軒ほど調べておいたからね。宿泊は大体11時からだから、そのくらいにむこうに着くように10時半前には ここを出よう」
ものぐさな妻はこんな時は、恐ろしいほどの機動力を見せる。それから10時過ぎまで亭主は実に落ち着かない様子だった。

いよいよ出発。亭主は遠足当日の園児の様にはしゃいでいる。
「途中でコンビニに寄って飲み物でも買って行こうね。ホテルの冷蔵庫のものは高いから」
はしゃぐ亭主とは対照的に私はあくまで冷静だ。そりゃそうだ。何と言っても米を犠牲にしたのだから……
コンビニで飲み物を購入し、私は胸を膨らませ、亭主は股間を膨らませ……さぁ、いよいよ出陣!!

10時45分、私たちの車はすすきののホテル街の一角に着いた。
「あっ、そこの小路を入ると全部ホテル街なんだよ。調べたホテルはこの奥になるみたい……」
「…うん…」
あくまで冷静にナビゲートする私と対照的に、落ち着かない返事を返す亭主。
しかし、車は小路に入らず直進した。
「そこ曲がるんだって!」
「うん…」
「仕方ないなぁ、それじゃ次を左折でいいや」
しかし、車は左折しない。
「もう、左折だってば!!」
「だって、今そこを歩いていた人と目があっちゃったんだもん…あの人きっと、僕たちのことを見て、あっホテルに行くんだって思うよ」
「いいだろう、本当に行くんだから。別に隠れたりコソコソする仲じゃない、夫婦なんだから堂々としていればいの!」
「でも…」
結局、私たちの車は、亭主の「あの人と目があった」「向こうの人が見ていた」の騒ぎで肝心なホテル街に入る事が出来ず延々と40分もホテル街の周囲をぐるぐるまわっていた。時計はすでに11時を過ぎている。気合いを入れて下着まで取り替えて来た私は、快楽ではなく怒りの絶頂の寸前だ。
「ここまで来て入れませんでしたなんて事になったら…私はお前を生涯許さない」
「怒らないで!今度はちゃんと曲がるから」
車はやっとの思いでホテル街へと入り込む事が出来た。恥ずかしいと言いながらホテル街の周囲を延々と40分以上もまわっている方が余程恥ずかしいし、怪しいかったに違いない。しかし…給料直後の週末、11時をゆうに過ぎて何処のホテルも示し合わせたかのように既に『満室』の赤ランプが輝いていた。
「かぁーちゃん、どうしよう……」
怒れる妻にもはや言葉は無かった。
「絶対にホテル探すからねっ」
亭主は半分泣いていた。
この時点でホテル探しによる甘い時間などの期待感はなく、亭主は「義務感」私は「意地」しかなかった。さらに数十分走った後、亭主が『空室あり』の青ランプを発見した。
「あっ、空室だって!?」
「そら、突っ込めぇぇぇっ!!!」
いつの間にか最高司令長官となっていた私の号令とともに、車はホテルの名前も確認せぬまま専用駐車場へと滑り込んだ。

「泊まりなんですが…」
亭主が耳まで赤くしてフロントのおばさんに話しかける。
「それではそちらのボードからお部屋を選んで下さい」
緊張する亭主とは対照的にホテルの従業員は冷静だ。
二人並んでボードを見つめた……が。
「医者と看護婦?教師と生徒??3P!???ここって一体」
SMホテルだった。お値段も備品の関係か結構、割高である。米は米でもこれじゃコシヒカリの特上米が20キロは買える。
「どーする、かぁーちゃん?」
「みぞれの降る深夜にお前はまだ、ホテルを探す元気があるのか?」
私たちはうつろな目で空室で一番安かった「教師と生徒の部屋」を選んだ。

部屋の中には雑誌か何かで見たことはあっても名前も知らない様なモノが色々とあった。
「わぁっ、ホンモノの鞭だよ、かぁーちゃん!」
物珍しさで亭主は右往左往している。
「私、風呂にお湯を入れるよ。」
風呂場に行き明かりを付けようとするがつかない。
「電球が切れてるよ…」
「暗いと入れないね」
「仕方ないな、フロントに連絡してよ」
「えっ、ボクがするのぉ!?」
「…わかった、いいよ。私が連絡するから」
この時点で私の頭の中には「米」と「後悔」の二文字が交差していた。

「あのっ、お風呂場の電球が切れているんですが」
「えっ、申し訳ありません。すぐに取り替えに行きますので」
フロントのおばさんはあくまで冷静に応対してくれた。
そして数分後、ドアがノックされると亭主はパニックに陥った。
「いやだよ、いやだよ。こんな所で人と会うなんて!」
「だって暗いと風呂が使えないじゃないの。あんなに高い金払って風呂も入れないなんて私はもっとイヤだよ」
「……」
「恥ずかしいなら、どこかに隠れていなさい」
亭主は狭い備品の隙間に身を潜めた。

「どーも、すいません。チェックしていたんですがねぇ」
60過ぎの人のいいオヤジさんが脚立に乗って電球を取り替えながら話しかけて来る。
「いえいえ、2時間で帰る訳じゃないし…でも、おじさんも大変だね」
「そーなんだよねぇ。ここは他のホテルとは違って色々と備品があるし、お客さんによっては使い方が荒くて壊したりする人もいるしね。その手のモノの修理もやらなきゃなんないからね。オレも定年迎えて遊んでいる訳にもいかなくてさ。子供が私立の大学行ってるし」
私は何故かおじさんと話しが合って、電球を取り替え終えた後も10分ほどあれこれと世間話をしていた。
「おっと、長居をしたら悪いね。済まなかったね」
「おじさんも頑張ってよね」
おじさんに頭を深く下げ部屋から笑顔で送り出してしばらくして亭主の存在を思い出した。
「大丈夫だよ。もうおじさんは帰ったから」
大きなため息をつきながら亭主はタンスの隙間からコンパクトサイズのまま出て来た。あぁ…この頃には私の性欲はほとんど消えていた。

風呂から上がり一息ついた私たちは改めて、部屋の備品を丹念に見た。しかしまぁ…人間とは何と業の深い生き物なのだろうかと実感した。たぶんここを出たら二度とこういうモノを見ることはないだろう。
「おおっ、これは!?」
産婦人科にある診察台の様なものがある。何だかドキドキする。ちょっとその気になってきた。
「よし、私がここに寝るからこの備え付けのベルトで手足とウエストを固定しろ」
「うん」
意気揚々と台の上に仰向けに寝たが、その頃太っていた私のウエストに備え付けのベルトはまわらなかった。(厳密にいうと前に使った奴が細身で、ひもをかなり短い部分で固定して玉結びして長さ調節が全くきかなかった)
「…かぁーちゃん、ダメだよ。ベルトが足りない。固定出来ないよ」
「もうっ。それじゃ、足を固定してっ!」
しかし、足の方も上記の事情でベルトが足りない。あぁ、こんな使えない備品の為に私は割高の料金を支払ったのか!?
「もういいよ。アンタが代わりに寝ろ」
はにかむ亭主を私は無理矢理台に上げた。
この頃の亭主の体重は43Kgもない。悔しい事に亭主の身体にはどのベルトもジャストフィットするじゃないか!?
「かぁーちゃん、もういい?恥ずかしい」
亭主を見ているうちにだんだん腹が立ってきた。ホテルに行きたいなんて言わなきゃコシヒカリの特上米が買えたのに。さっさとホテル街に入っていれば、こんなに料金の高いホテルじゃなくて済んだのに。こんなところに来なけりゃ、自分のデブを改めて実感する事もなかったろうにと、ホップ・ステップ・ジャンプ方式で私の怒りは脳天を突き抜けていた。元はと言えばこの亭主が!!!
私は鞭を持って来ると
「アンタに甲斐性がないから!!」
とビシッと亭主に向けてそれを振り下ろす。
「痛いよぉ!」
亭主の情けない声が部屋に響く。でも、あっ、何だかいい気分。
「アンタがしっかりしてないからこんな事になったんでしょうが!?」
「痛いよっ、痛いっ。許してぇぇ」
この夜、悍ましい備品の中で、亭主の絶叫は続いた。


すすきののホテル街の朝は実に静かだ。ゴミを漁るカラスの声だけが遠慮なく響いている。昨日のように人目を気にしなくても誰もいやしない。むしろ街は白み始めた空を見上げながら眠りについていた。みぞれもすでに止み、清々しい青空の朝だった。目を充血させた私たち夫婦を乗せた車はその中を静かに走る。
「今度は絶対にコシヒカリの特上米を買ってやる」
私の米への未練は断ち切れない。
「かぁーちゃん……」
明らかに睡眠不足気味の亭主が話しかけてきた。
「ん?」
「いつかまた、来たいね」

私は亭主の中にある「何か」を揺り起こしてしまった様だ。