恋人の元カノ、元カレ気になる? ブログネタ:恋人の元カノ、元カレ気になる?

昨日はチワワ家の奥さん(以降、チワワ奥とする)の元へおにぎりを作りバナナ2本を持参して遊びに行ってきた。共に連休に金を使って既に給料前状態であり、贅沢が出来ないのでこうなった。こんなことを出来るチワワ奥の存在が今の私にはたまらなく有難く思える。

実は愚痴を聞いて欲しかったのもあるが、他にチワワ旦那が職業柄、可愛そうなくらいに手荒れが酷くて、それを見た私は薬局で薬剤師と話をしながら薬やらあれこれを選び、持参したのだ。その中に保湿用として使ってとワセリンが入っていた。ホ○小説を書く女とどんな下ネタでも盛り上がれるチワワ奥は「混ぜたら危険」状態であり、私たちは崇高な理念の元、買ったはずのワセリンを前に「これ塗ったら男同士はラクだよね~っ」などと大いに盛り上がった。

チワワ旦那はウチの亭主とは高校時代からの親友であり、同棲が始まって真っ先に紹介されたのがチワワ旦那だった。(ここからは大人の事情で若干、話を盛る場面がありますがご容赦を)
亭主と喧嘩したり、困った事があればチワワ旦那はすぐさま車で駆けつけてくれた。そして、彼なりに出来うる限りの事をしてくれた。特にいつも生活が苦しくて困っていた我が家に来ると、必ず様々なものを持参。それは彼の実家に届いたお歳暮・お中元の山から(彼の父親は偉い人で、本も複数出しているし、ある事象があればラジオやテレビにコメントが出るほどの人)親の目をかすめて我が家に手土産として持ってきてくれた。洗剤であったり食料であったりとあの当時、どれだけ救われたか生きている限り私はチワワ旦那を恩人と崇めるだろう。

さて、ある日、イライラした私はチワワ旦那(当時は独身)の車でドライブした。厳冬の1月。発端は一枚の年賀状だった。
我が家では毎年、友人宛用の写真入りなどくだけた年賀状と、亭主の職場用の干支などの真面目なものの二枚を用意して、それを使い分けしていたが、毎年、亭主宛にピンクや様々な画用紙や紙をはがきサイズに切って、更にそこに国内外に旅行した奇跡の一枚の様な本人満足な自分の写真を丁寧に切り貼りして、色ペンを使い放題で手書きして亭主に送って来る強烈な女がいた。どう考えても、こんなものを何枚も作るはずもない。もう、毎年、この一枚に自分のあらゆるものを懸けているとさえ感じられる完成度だった。それは亭主の高校時代の彼女であり、かなり前に彼女の側から一方的に亭主はフラれていて、同棲して結婚までしてからもなお、そんな気合の入った年賀状を送り付けられる亭主は元旦の度に困惑し、家庭内は不穏な雰囲気になっていた。亭主は彼女へ仕事用のつまらない年賀状をメッセージもなく送っていたが、彼女の年賀状はは年々、ヒートアップしてあたかも『ねーねー見て。やっぱ私じゃなきゃダメでしょ?』と亭主へは誘惑を、私には宣戦布告している様にしか思えなくなっていた。
「マメな人だねぇ~っ。アンタだけには」
私の言葉に亭主の顔色は更に悪くなる。せっかく年賀状をくれるのだから自分も返さないとならないと言うのが亭主の主張だ。亭主が隠れて会っているとか、思いを残しているとかはないとは私でもわかる。しかし、何か釈然としない。そんなイライラの中、チワワ旦那に誘われて私は夜の街を彼とドライブした。今思えば私の頭を冷やそうとしてくれたのだと思う。夜の駐車場で私はあることを始めて聞かされた。それは……

亭主をフッたその女、実は亭主と別れてから「淋しいの」とチワワ旦那に交際を迫ったと言うのだ。初めて聞かされた話に私は驚き、思わずチワワ旦那の顔を覗き込む。話はこうだった。
亭主をフッてから淋しくて、亭主の親友であるチワワ旦那に交際を申し込んだ女。何の疑いもなく、自分はチワワ旦那の彼女になれると思ったらしい。しかし、チワワ旦那は即答、彼女に言い放ったそうだ。
「お前さぁ、俺と○○が親友だって知ってるんだろ?フッたお前と俺がどうして付き合える訳?自分の淋しさが紛れるなら何でもアリな訳?○○の気持ち、考えられないのか!?最低だな」
チワワ旦那の思ってもなかった言葉に女は泣きだしたそうだ。もちろん自分に思いやりがないなど精子の大きさ程も思うことなく。チワワ旦那に徹底的に意見され以降、女はチワワ旦那と接触することはなくなったそうだ。そして、散々、独身を謳歌して自分の周りに男がいないことに気付き、既婚者となった亭主へ再びアタックをしてきたのだ。チワワ旦那は亭主の優柔不断さを私に詫びた。親友のために昔からここまで親身になっていたチワワ旦那の存在を思うと泣けてきた。チワワ旦那と早く知り合っていたら、きっとこっちを選んでいたとも思った。(しかし、チワワ旦那はロリ手前の若い女が好きなので、どっちにしろ自分は対象外だった。亭主は熟女好きだから私と一緒になったみたいなもんだしなぁ)
チワワ旦那のアドバイスで私は亭主に、もうこの女に年賀状一枚でも送るのは止めて欲しいと頼んだ。普通の年賀状なら我慢も出来るが、毎年、こんなものを送られたら元旦特番の笑点も楽しく見られないと懇願した。亭主はあっさりと「わかった。もう出さないわ」と返事をくれ、モヤモヤした年賀状は一件落着した。かに思えたが、そう女は甘くはなかった。

亭主から年賀状が届かなくても女は、相変わらずガラパゴス諸島だの浅草だの観光名所での奇跡の一枚を切り抜きピンクの画用紙に貼って年賀状を作成し送って来た。そこには金色のペンで『どうしても逢いたいな』とも書き添えられていた。(会いたいではなく逢いたいって文字を使うなんてまぁ、なんて素敵な女なのかしら!)元旦、階下の集合ポストで能天気な年賀状を手にした私は、それを握りつぶした。部屋に戻って(亭主は私に無関心)私は娘の写った年賀状を手にるすと、手書きで彼女の住所や名を書いた。そして、僅かな年賀状の空間に

「毎年毎年毎年毎年、素敵な手作り年賀状、本当にありがとうございます。今では貴女からの年賀状は我が家での元旦の風物詩となり、届くのを夫婦で心待ちにしておりました。もし、宜しければ我が家へおいでください。夫も積もる話があって喜ぶことと思います。今は○○君(チワワ旦那)とも身内同様にお付き合い頂いていて、いらっしゃる際に事前にお伝え頂ければ、○○君へ連絡をしてご一緒に親睦を深められることも可能です。○○君に○○さん(女の名)の年賀状を見せたところ、とても懐かしがり是非とも言いたいことがあると言付かったことも併せて確かにお伝えしておきます。お逢いできる日を心から楽しみにしております。○○の妻より」

米粒に写経するくらいの文字で私は上の文言を思いを込めて書いて、更に家族三人で写したプリクラ貼って女に送った。以降、女からは見事に年賀状は途絶えた。

チワワ奥とその話をして大いに盛り上がった。小説やドラマのような展開に、もう互いの亭主をくっつけた方がいいのかもとまで言った。私がこれをネタに小説を書けば、絶対にこの二人を(亭主とチワワ旦那)くっつけてハッピーエンドにしたとさえ思う。
「もう、このワセリン使ってやっちゃってもいいくらいだね」
おにぎりを頬張りながら新たなワセリンの使い道をも開拓した。


娘は中学3年。この年齢になれば、多少の色艶のある話題にも首を突っ込むようになってきた。先日、亭主に娘は堂々と問いかけた。
「お父さんの初体験っていくらだったの?」
有料かよっ!亭主は言葉を返せず涙目になっていた。
その相手がチワワ旦那が追っ払ってくれた人だったんだよとは、言えるはずもなく私は娘の言葉に横隔膜に痛みを感じるほどに笑った。あんな年賀状さえ来なければ、気にすることなどなかったのは確かだ。