『勉強する』 http://zokugodict.com/29he/benkyousuru.htm
勉強するとは学問や技術を学ぶことだが、これとは別に商品の値段を努めて安くすることを意味し、主に商人の町であり、値引きが慣行的に行われる関西で使われる。ただし、勉強とは本来、(困難なことに)強いて勉めると書く通り、精を出して勤めることであり、儲けを削って安く売るという行為はまさに勉強に値する。むしろ、現代では一般的となっている学習(勉学)の意味で使うようになったのは近代以降の新しいことである。
・・だそうです。(コピペ)
まぁ、皆さん。そうはいっても
いろんな解釈があると思いますが
まずは、最初に僕なりの解釈をば。
僕の個人的な主観ですが
勉強って、人生の縮図の、欠片だと思うんですね
人生ってのは、長い時間の間の
赤ん坊から・・やがて老いて死ぬまでの間の
全ての出来事を示していると思います。
経験を積んで、考え、行動を改め
やがて、いくつかの定めた目標を達成し
やがて来る、死を迎える
その一連の流れが、その人の人生だと思うんです
その間で、経験を積む時の合理的な部分
例えば、先人たちの知恵
社会のルールを学ぶこと
それを勉強といい
そしてそれを、どうしたら効率的に学べるかっていう部分が
勉強法ってところだと思うんですね
しかし、上にもあるように
勉強なんて、『強いて勉める』って言われていたものですから
昔の言い方で言えば、気合いと根性値で
やっていくものだと教えられたと思うんです
だけど、今の時代とそれは合ってないんじゃないのかなと思うんです
1日10時間、がむしゃらに勉強することが良いことか?
行きつく間もなく塾に行き、講義を受ける形がいいのか?
これ、僕は、良くもないし、悪くもないって思うんです
これから、時間をかけてこのあたりの答えを
探っていきたいと思います。