こんにちは。
グラフィカルチョークの稲川ひろみです。
これは、2014年にあるグループ展に出品した作品。
嬉しいことに、たくさんの人に褒めていただいきました。
実は、この作品がきっかけで、のちに絵を描くことの本質と、チョークアートに対する向き合い方を深く考えさせられることになりました。
今日はそんなエピソードをお話ししますね。
この作品を描いた数年後、とあるメディアの取材でこんな質問をされたんです。
「この女性は誰がモデルなんですか?」
「この作品にはどんな想いが込められているんですか?」
え!
ちょ、待って!(焦)
ホントのこと言うと
綺麗なモチーフをバランスよく配置しただけで、そんなに深い意味はないし、モデルはネットで見つけた美人のお姉さんだし・・・
なんて、言うわけにもいかず(汗)
とっさにどう答えたかは忘れてしまったけど、なんとかその場を切り抜けました。
実はこの出来事は、私にとってかなり衝撃だったんです。
私は長い間、グラフィックデザイナーとして仕事をしていました。
デザインの仕事って、写真やイラストや文字などの素材をいかにきれいに見やすくまとめるか、なんです。
作品制作も私にとってはデザインワーク。
なんとなくクリスマスっぽく、くらいの大まかなテーマはあるけど
「何を表現するか」
じゃなくて
「いかに見栄え良くまとめるか」
なぜ女性はこの表情なのか?
なぜ青い鳥なのか?
そこに深い意味はないの。
ぶっちゃけ
なんとなくオシャレっぽいから。
(あ、言っちゃった)
この作品を見てくださった人は、結果的にいろいろ想像を膨らませて見てくださったようだけど。(苦笑)
「アート」と「デザイン」の違いっていろんな考察があるけど、「自分軸」か「他人軸」かというのもひとつ。
画家とかアーティストっていわれる人は、表現したい“想い“が軸にあって、それをどう表現するかに悩んだり葛藤したりするんだろうな。
私の作品は完全に「他人軸」
人にいかによく見られるかが基準になってるの。
それが、ものすごく薄っぺらくて、つまらなく感じてしまって。
もちろん、私は画家じゃないし、決して、アートがすごくてデザインが劣っているって話じゃないんだけど。
この出来事がきっかけで、チョークアートとの向き合い方と、絵を描くことの本質について、しばらくモヤモヤと悩み続けました。
そんな話を友人にしたら、
「それでいいんじゃない?
それがあなたの強みだし
それを望んで、喜んでくれるお客さんがいるでしょ」
その言葉で、やっと気持ちが楽になって
気持ちの落とし所が見つかったというか。
やっぱり私はデザイナー。
「他人軸」は私の強み。
それを仕事に活かすことができる!
と自信を持って(笑)開き直ることができました。
でも、自己表現のためのアートにはすごく憧れます。
いつかじっくりと自分と向き合いながら、作品を作ることに挑戦したいと思います。