短編:朝露の残り香
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、まだ熱の冷めやらぬ肌を白く照らしていた。
魁華は、隣で眠るハルの寝顔をじっと見つめる。昨夜の出来事が、まるで遠い異国の出来事のように現実味を欠いていた。女性向け風俗のセラピスト――初対面の、それも「仕事」としての関係だったはずなのに。
(なんて凄いことをしてしまったんだろう……)
今まで経験したことのない、魂を削り合うような濃密な時間。何度も身体を委ね、唇を重ねるたびに、自分が自分ではなくなっていくような感覚。火照った身体は、まだ彼の指先の感触を鮮明に覚えていた。ただただ、幸せだった。
その時、ハルの睫毛が微かに揺れ、ゆっくりと瞳が開いた。
「……ん、魁華。おはよ」
寝起きの掠れた声と共に、彼は自然な動作で魁華の腰を引き寄せ、唇を落とした。柔らかな口づけ。そして、体温を確かめるような強い抱擁。
「あ……っ」
その瞬間に、再び身体の内側が熱く疼き始める。自分でも驚くほど、一人の「女」としての性が剥き出しになっていく。彼の腕の中にいるだけで、世界は二人だけの甘い檻に閉じ込められたようだった。
溶け合う朝の時間
その後、二人はキッチンに立ち、簡単な朝食を共に摂った。
「それ、一口ちょうだい」
「あ、ずるい」
そんな他愛もない会話と、不意に重なる視線。くすぐり合うようなイチャイチャした時間が、余計に別れの寂しさを際立たせる。
時計の針は残酷だ。あと一時間。
魔法が解けるまでのカウントダウンが始まっていた。
「もっと、一緒にいたいけれど……」
「大丈夫。また、会えるから」
その言葉に救われながら、魁華は身支度を整えた。
現実への帰路
駅までの道のりは、驚くほど短く感じられた。
駅前のロータリーで車が止まる。ハルは魁華の方を向き、優しく、けれどプロらしい誠実な微笑みを浮かべた。
「今回はありがとう。本当に楽しかったよ」
彼は魁華の手をそっと握り、最後に優しく囁いた。
「また、僕で良かったら――指名してね。待ってるから」
車を降り、小さく手を振って別れる。彼を乗せた車が雑踏に消えていくのを見送った後、魁華は大きく深呼吸をした。
改札を抜ける頃には、春の風が少しだけ冷たく感じられた。
今、目の前にあるのはいつもの日常。けれど、胸の奥に残る微かな火照りが、あれが単なる空想ではなかったことを教えてくれる。
「……良い夢を、見たな」
魁華は一歩、踏み出した。次にまた、その「夢」の続きを見られる日を楽しみにしながら。