頭蓋底腫瘍・脊索腫との生活 -8ページ目

頭蓋底腫瘍・脊索腫との生活

頭蓋底腫瘍・脊索腫との闘病生活を書いていこうかと思います。

筑波の病院で診察を終わってから放射線の型を取って中野の病院に帰った。


そして9月29日に一旦中野の病院を退院して30日に筑波に入院。


今年3回中野に入院したけども、退院はやっぱり寂しい。
でももう手術したくないから再発しませんように!と祈るような気持ちで退院した。

担当医の先生は2年前からお世話になってて話しやすい人だったからお別れは寂しいです。


次は筑波で放射線治療が終わったら診察に行きます。



そして筑波入院しました。
でも1週間で退院しました。
先生が通院でもいいし、退院したかったら言ってと仰ったので。

今回は放射線1日1回になったので、だったら通院でも大丈夫だろうとみこして。
たまには深夜のテレビも見たい。

入院中に判明したことがあって、結構ひどい貧血状態らしい。
先生曰く、今年4回続けて手術したからたぶんそのせいだろう、と。
どおりで立ちくらみやらが多いわけだ。
女性の貧血は子宮の病気かも…て最初言われてびびってました。
検査したら大丈夫でした。

ホントに健康第一ですね。
あのころにもどりたい!!
9月終わり頃に中野の病院から筑波の病院に診察へ。


久々に会った主治医と担当医に
「手術お疲れ様です。」
と言われた。


ほんと疲れましたよ…。


中野の病院から送られた手術後のMRIを見て、
頭の腫瘍は手術でだいぶ取れてるから放射線あてやすくなった。
手術前の状態だったら放射線あてるの結構危険だった。
中野の先生頑張ってくれた。

とかなり中野の先生に称賛を送っていた。
やっぱ名医なんですね。
私も素人目ながら画像を見てだいぶ取れてるのがわかる。


副作用の説明をされて、だいたいは前のときと同じことを言われた。
左耳の聴力は完全になくなるので諦めてと言われた。
そもそも放射線を同じところにまた当てるのは普通やらない、でもこれは放射線やらないとまた腫瘍が大きくなるから、と。

そして脊椎の方にも放射線をあてるのだけど、脊髄にもあたってしまうから、最悪手足の障害がでるかもしれない。

あと、頭の方で脳幹の近くにあった腫瘍は手術でだいぶ取れて今空洞の状態だけど、骨の腫瘍だから周りの骨に染み込んでるだろう。
そこに放射線をあてるとそこが将来的に壊死する可能性が高い。
壊死する部分は腫瘍のところだから腫瘍だけならいいんだけど、問題は壊死が脳の方に広がる可能性もある。
そうなると手術でその脳の部分を取らないといけない。


いろいろ話を聞くとやはり2回目てのもあってリスクは高い。
でもやらなきゃまた手術になるかもしれないし、流れに身をまかす感じでやる。

あと費用は頭は2回目だから追加照射になるけど脊椎は初めてだからお金がかかると。
大体100万くらいでした。


顔面麻痺はまた後日入院してから耳鼻科で診てもらうことにした。
だいぶ書いてない…。
記録としてブログ始めたのに全然書けてない…。
性格が出てるわあ。


4回目の手術が終わってから5日くらいは寝たきりだったけど、背中のドレーンが取れてからはすぐにリハビリ開始。
頭の手術だったから頭ガンガンする。


リハビリの毎日だったけど、声は少し出るくらいで元通りとはいかない。
ご飯はとろみ付きからおかゆ刻み食になってちょっとずつ食べれるようになった。
最初は水飲むとむせたり鼻からたら~って出てきてたからだいぶ良くなってきた。
気になる顔面麻痺は術後1週間くらいは少し良くなったかな?って状態だったんだけど、日が経つにつれまたピクピクしだしてゆっくり悪化していった。


先生に聞くも原因不明。


そして9月の終わり頃に先生から筑波に転院決まったと言われる。
9月30日に転院。
転院て…!通院で放射線やろうと思ったのに!!

とりあえず転院の前に術後の画像をすでに筑波に送ってあるから、診察してきてと言われる。
これまた急に。
そう言われちゃしょうがないから行ってきた。


それにしても文章めちゃくちゃだ…。