明治時代に設立されし広告代理店 電通。
名実ともに日本最大の広告代理店であり、
鬼十則と言われる社則を配し、
広告界のガリバーとして君臨している。
かつて高学歴で電通入社というコースは
いわゆる勝ち組といわれ
羨望のまなざしで見られていたものだ。
時間外労働、パワハラなどが発端で
24才女性社員が飛び降り自殺をはかった。
電通の闇の部分が明かされ、
現状の体制に疑問視する声が上がっている。
亡くなられた方および遺族の方々には
心より冥福をお祈りせざるおえない。
この方も電通で働いていたのはご存知だろうか。
日本を代表するカメラマンであり
女性のヌードを得意とする。
作風はきわめて過激。
荒木経惟
昭和38年の広告カメラマンとして就職。
「さっちん」という写真集で
第一回太陽賞を受賞したのも
電通在籍時だ。
「我が愛、陽子」、「センチメンタルな旅」でも有名になる
奥さん陽子さんも同じ電通社員であった。
なんと結婚してフリーになるまでの9年間、
電通にて好きな写真を発表し続けていた。
「私にはあまり仕事させてくれなっかたのね。それで暇だったから
銀座とか言って、女性とか撮ってたのね。」
おま●こは宇宙だ、などの荒木語録をもつ、下町っ子カメラマン。
無難な広告を好むクライアントの場合は
なかなか使いづらったのかもしれない。
まだ中学生のころ
「写真時代」という雑誌で、
荒木経惟を知った。
1981年に創刊されたエロ指数が異常に高い写真誌であった。
写真誌=芸術写真のヌードとして、
かなりきわどいところまで
写すことができるというメリットを利用した。
この写真時代の登場で、
他の出版社もエロ写真誌を出版。
ザ・写真、写真生活、写真芸術、流行写真、流行計画、鮮烈写真などなど。
まだ時代は、ヘア解禁などされていないころだ。
私の記憶ではかなりの頻度で写っていたと思う。
きちんと使用機材(カメラメーカーとかレンズの種類とか)を明記し
写真誌然としていたが
ヌード写真はへたなエロ本よりも過激であった。
その雑誌でもっともフューチャーされていたのが
荒木経惟、アラーキーだ。
この雑誌でアラーキーの多数の作品を見ることができた。
レンズを性器に近づける。
そして、女性は微笑んで股を大きく開いている。
このストレートな、おま●こ写真の数々は強烈であった。
その風貌もあってカメラマンとして、十分にアナーキーであった。
その写真のなまめかしさといったら・・・。
ホントにエロい。エロすぎる。
この雑誌には、
他にも
森山大道、倉田精一、滝本純助、執筆陣に編集長 末井昭、
糸井重里、赤瀬川源平、岡崎京子、姫野カオルコ、南伸坊(ガロ編集長)などがいて
読み物としても充分おもしろかった。
記憶が定かではないが、嵐山光三郎や渡辺和博、安西水丸さんのイラストなんかも
掲載されていたような気がする。
当時の宝島やガロのようなサブカル文化が満載でもあった。
そしてアラーキーのヌード写真も満載なわけで
もう、たまらなく魅力的な雑誌であった。
白夜書房はアラーキーの作品を
写真時代増刊号として多数出版してくれていた。
アラーキー自体も写真に写り、
アラーキーの撮影現場を撮ったもの
日常の一コマや
出版社などのパーティーなどの一コマに
必ず女性の裸が登場していて、食い入るように見ていたものだ。
女性の裸が、すでに日常的になっている、
アラーキーや末井編集長の生活が心底うらやましいと思った。
(エロ本なので当然なのですが・・・。)
アラーキーの写真からは
死生観も感じることができる。
人が大好きゆえ、
たとえ死んでも肉体がまだあるのなら、
死顔であっても撮るのだ。
奥様の陽子さんや
愛猫チロの死顔を撮ったことは有名だ。
花の写真も得意とする。
花を女性器のように色をつけて
なまなましい生を切り取る。
下町の路地写真も得意とする。
人と共に廃れ死にゆく家屋と
それでもどっこい生きてるぞといった生を
写真という長方形に切り取ることが
本当に、いや天命であるように
上手に写す。
表紙も写真誌ゆえ、エロ本然としてなかった。
定価500円ゆえ、
おこずかいでも十分買える写真時代は
少しずつ本棚に並んでゆく。
親に見つからぬようレコードなどの間にはさみながら。
残念ながら写真時代は1988年に警視庁の回収命令を受け
事実上の廃刊となってしまった。
そしてアラーキーは2013年に網膜の病気により右目を失明してしまう。
昔ほど頻繁は撮らなくなったかもしれないが
76歳になった今でも写真家として君臨している。
そして今でも私の大好きなカメラマンだ。


