プラズマティックス とは、
パンクの女王 ウェンディ・O・ウィリアムズを中心に
自慰、破壊、爆破、などの過激なステージを繰り広げ
悪名を欲しいままにしていた
アメリカ・ハードコア・パンクバンド である。
実は、このバンドメンバー中に
ベーシストの日本人がいた。
船原長生。
1980~82のみ在籍。
濃いめの顔に大柄ゆえ、最初は気付かなかった。
演奏の出だし、勢いよく いち、に、さん、し とカウントするのだが
日本人の長生さんが在籍していた影響なのだろう。
脱退後は、アメリカ在住の映画プロデューサーとなる。
村上龍 原作の「トパーズ」、
ハートフルコメディ「イン・ザ・スープ」の
プロデューサーを務めた。
音楽ビデオ監督もしており
RCサクセション「BABY逃げるんだ!」も手掛けている。
MTVのディレクターも務めており
RUN D,M,Cを見出した人物なのだ。
米国では多数の仕事をこなしているのだが、
意外に日本では知られていない。
このプラズマティックス、
チェーンソーでギターを切断、
マシンガンをぶっ放す、
車をダイナマイトで爆破など
超過激バンドとして紹介されていて
当時の私はこのバンドが気になって気になってしょうがなかった。
なによりトップレスでおっぱいをゆさゆさしながら歌う
ウェンディー・O・ウィリアムズの姉御のぶっ飛びぶりは注目度100であった。
モヒカンやポリス帽がトレードマークで
すぐさまファンになった。
このウェンディー・O・ウィリアムズ、
15歳の時、裸で日光浴して逮捕されている。
子供のころから素行は良くなかったようだ。
彼女は16歳で家出を決意する。
ヒッチハイクでアメリカやヨーロッパを放浪。
万引きや偽札使用で逮捕歴を重ねていく。
キャプテン・キンク実験的SEXショーといものに
ストリップパフォーマーとして活動。
スキャンダルなキャラクターはもう十分に出来上がっていた。
これに目をつけたのがSEXショーをプロデュースしていたロッド・スウェンソン。
ニューヨークドールズやセックスピストルズのようなバンドを組織し
ウェンディーをボーカルとしてマネジメントすることになる。
スキャンダラスなパンクバンド プラズマティックスの誕生だ。
この時、日本人で渡米していた、
船原長生らとバンドを組むことになる。
期待に応え過激なステージを繰り広げていく。
露出の多いステージゆえミルウォーキーで逮捕。
警官との小競り合いで負傷。
過激なステージのためロンドン公演中止。
オフタイムでもパパラッチに暴行。
胸の露出にNGを出したTV局の意向を無視し放送禁止。
罰金対策としておっぱいにテープやシェービングクリームをつけ
1980年代はステージで傍若無人に暴れまわった。
1984年からソロ活動を開始。
彼女はKISSのメンバー、モーターヘッドのレミー、ラモーンズなどの
ビックアーティストの協力を経て再びステージに戻ってくる。
パンクゴッド姉ちゃん健在を証明し続けていく。
このころ女優として映画やTVドラマなどの出演も果たしている。
1986年の映画 Reform School Girls (監獄のアマゾネス/美女の絶叫)
サウンドトラックも4曲提供。
「冒険野郎マクガイバー」でのバイカー役。
ウェンディーのイメージ通りのアウトロー役ではあるが。
1991年 私生活においてもサポートパートナーであったロッド・スウェンソンとともに
コネチカットに移住。実質引退生活をおくっていた。
過激なイメージとは対照的に彼女はベジタリアンで自然食を好んだ。
ウェンディの本当にやりたかったこと。
子供のころから大好きだった動物、
負傷してしまった野生動物の介護であった。
子供のころからケガをしている動物を家につれてきては世話をしていたそうだ。
心やさしき温和な女性であったのだ。
1993年ころから少しづつ精神に異常をきたしてしまう。
そして自殺を繰り返すのだ。
ナイフを自身の胸の刺す。
エフェドリンの過剰投与。
どちらも未遂に終わったのだが
1998年 銃によって自殺。
享年1998年4月8日 自らの手によって伝説になったしまった。
ウェンディは価値観をぶっこわす存在として振る舞った。
露出の多い恰好でも
フェロモンを匂わせるプレイガールのようなものではなく
男性が上半身裸でステージに立ってもなんとも思わないように
ウェンディもそのくらい自然な堂々たる露出だった。
感性も、男性に近かったのかもしれない。
そこがかっこ良く
多くのファンに支持されていた理由かもしれない。
にしても船原長生さんとても日本人には見えません。
当時は黒人かと思ってました。
こちらは人種を超えてますな。


