昨日、息子の塾へ面談に行った。岡本にある。予定時間より少し早めに着いた私は、一階にある小さな書店に立ち寄った。
この書店は好みがあう。数は少ないながら、よく吟味した「らしさ」を感じる品揃えなのである。
購入したのは、こちら。
・汽車旅放浪記
・関川夏央
・中公文庫
そして、勿論この本にも紹介されていますが、私にとって鉄道ものにおける随一の名著はこちらです。
・宮脇俊三
・時刻表昭和史
あの終戦の日の一こま(天皇の玉音版放送)が、蝉時雨の正午としてしるされています。
放送が終わってもみな立ちつくしていた。真夏の蝉しぐれの正午であった。
〈時計は止まっていたが汽車は走っていた。
〜中略〜
いつもと同じ蒸気機関車が、動輪の間からホームに蒸気を吹きつけながら、何事もなかったかのように進入してきた。機関士も助士も、たしかに乗っていて、いつものように助役からタブレットの輪を受けとっていた。機関士たちは天皇の放送を聞かなかったのだろうか、あの放送は全国民が聞かねばならなかったはずだが、と私は思った。
昭和20年8月15日正午という、予告された歴史的時刻を無視して、日本の汽車は時刻表通りに走っていたのである〉
なんという、歴史的事実を見据えた静かな描写だろう。このような鉄道ものの名文を書く人はもうあらわれないのではないか。あの歴史に残る『黙れ事件』の相手であった宮脇長吉を直接しる息子であり、後に隣に住むことになったマンボウこと北杜夫を発掘したその人はもういない。
ちなみに、私が好んだ鉄道三大文筆家は、全員仏様になられてしまい、残念なことである。
・阿川弘之
・宮脇俊三
・種村直樹
近代文学はなぜ多くの鉄道を登場させたのか。
ぜひ、手にとって読んでみてください。
