僕たちは、色々な理想や想い・願いをもちながら日々を生きている。あれが欲しい・こうなりたいと、目標をもって頑張っている人もたくさんいると思う。
でも、それが物質的なものであれ精神的なものであれ、本当に手にしなくてはいけないものは何だろう。それを認識できずに、人生もクライマックスになってから気付いてしまっては、全てが後悔になってしまうんだ。
今、とにかくお金が欲しいと思っている人もいるだろう。でも、お金それ自体は手に入れるべき目標にはなり得ない。
それを使って何をするかというのが目標であって、お金自体は単なるその手段に過ぎないんだ。もしかしたら、その目標や想いは、お金がなくても達成できることかもしれない。
憧れの職業に就くため・会社に入るために、色々な勉強を重ねている人もいるだろう。でも、その職業に就くことも会社に入ることも手段であって、そこで何を成し遂げたいかが本当の目標になるんだ。
それがなくてその会社に入ってしまったら、きっと入社の瞬間は嬉しくても、日々の社会人生活は閉塞感の漂うものになってしまうだろう。
最終的に、本当に"手にしなくてはいけないもの"というのは、僕はないと思っている。手にするものではなく、何を与えられる人になれるかが人生を決めるんだ。
仕事にしても、最終的に金銭という形で報酬を受け取っているけれども、それは商品なりサービスを誰かに届けることができた結果に過ぎない。受け取った誰かの役に立てたという実感があるから、自分の仕事の意義を感じられるし、そこに本当の幸福感がある。
もちろん、たくさんのお金が手元に残れば嬉しいけれども、この誰かの役に立っているという実感は、それとは別次元の幸福感を与えてくれるんだ。
接客をしている方であれば、お客さんの心のこもったありがとうの一言で、一日の疲れも吹き飛んでしまうだろう。商品を提供している会社に勤めていれば、それを使ってくれている人を街で見る度に、自分を誇らしく感じるはずだ。
何も大きなことを成し遂げられなくとも、家族をもっている方であれば、子供一人を立派に育てたというだけでも、自分の人生を誇っていい。自分がいなければ、その子はこの世界を見ることができなかったんだ。
"自分が何を手に入れることができるか"ではなく、何を与えることができるか・何を残すことができるかを常に突き詰めていく。
家族や友人など、身の周りの一人でもいい。自分がその人の役に立てたという小さな事実ひとつだけで、簡単に幸せなんて感じられてしまうんだ。