ちなみに、この年、さすがに小銭を稼いだことになったので、普通どうするんでしょう、と

銀行に相談した。すると、

「法的には、為替差益は雑所得として確定申告しないといけません。。。ただ、、」

「ただ・・・?」

「ただ、まあ、きちんと申告するかしないかは人に依るようですね」

「はあ、そんなもんですか、、、」


もちろん、翌年の確定申告できっちり申告し、きっちり追徴をお支払いした。

しょせんはあぶく銭、そんなのを隠してこそこそしたくはない。


SHO-GUNは堂々と生きねばならんのだ。


さて、本格的な稼ぎっぷりはこのあとである。

人間とはつくづく経験に縛られる生き物である。


自分も何の裏付けもなくこんな無謀な取引をした訳ではない。

先にも述べた通り、2009年から2010年前半にかけて、自分は向かうところ敵なしの稼ぎ具合であった。

常勝将軍、そんな言葉が頭に擡げていた。


2009年初め、オーストラリアに住む姉からメールがあった。

「いま、オーストラリアドルは歴史的な値を付けているのよ。お陰で日本の物価は高く感じるわ。」

なんのことだろう、とチャートを確認すると、確かに。

2004年から2008年にかけて、豪ドルは1豪ドル75円以上で上昇を続け、

ピーク時には105円をも上回っていた。

それが2008年秋のリーマンショックで急落、2009年初めには50円台にまでなっていた。

その後は着々と上がって行っている。普通に考えて90円くらいまではゆるゆると戻し続けるだろうと、

素人目にも予想がついた。


そこで、自分の貯蓄と親から借りたマンションの頭金を合わせて、2000万円でさっくりと豪ドル預金を行った。

取引先は手数料が良心的で有名な、外銀S銀行を選んだ。


6月25日、1豪ドル76.31円の時に2000万円分の豪ドル預金をし、

8月5日、1豪ドル80.17円で円に戻し、約100万円の差益を得た。

さらに11月27日、1豪ドル77.69円に下がったところでまた2000万円分の豪ドル預金をし、

12月30日に1豪ドル82.21円に上がったところで円に戻し、約110万円の差益を得た。


たった半年で200万円の差益である。

そのとき、S銀行のマネージャーが一言、こう言った。

「これなら、FXをやっていたら大儲けしていたでしょうね。」

そうか、FXだった200万円どころの差益じゃないんだな。

この何気ない一言が、その後の私の運命を大きく変えたのである。


ただ、このマネージャーはもう一言、こうも言っていた・

「でも、FXで勝ち続ける人はいなくて、大概、最後に大損して全て失くしていなくなるんですよね。」

こちらの一言をまともに受け入れていたら、私の運命はさらに変わったものになっていたことであろう。



ところで、600万円もの損失を出していながら、なぜまだ1000万円以上の軍資金があるのか、この話はそこから語らねばなるまい。


先にも述べた通り、この年、1月からFX初心者として取引を初め、およそ4カ月で1100万円もの差益を稼いでいたのである。

さらにその前年も加えれば1500万円は行っていたであろう。


サラリーマンとしておよそ20年近く、結婚もせず、家賃7万2千円のワンルームに住み続けていた。

風俗遊びにも染まらず、下手な投資もせずにこつこつと貯めていたがため、貯金は1千万円を超えていた。


そもそもが投資などに興味はなかった。「誰でも儲かる」「投資で稼ごう」「たったこれだけやればあたなも億万長者」「私のレポートを読めば誰でも儲かる」「これだけはホンモノ。絶対儲かるヒミツの法則」 そんな広告が氾濫しているが、大嫌いだったし、それをまともにやる人々がいるというのも信じられなかった。


そんな自分が、まったく何の気なしに外貨預金をしたところ、思いの他、差益が出てしまい、外貨取引に興味を持ってしまったのが始まりだ。

後で気づいたことだが、その年はリーマンショックの翌年で、基本的にひたすら円安基調の年で、たまたま、それに乗っかってしまっただけであったのだ。


が、そんな背景も知る由もなし。何もせずに数百万が手に入り、それがきっかけとなってFXを始めたのである。


今思えば、それが人生の分岐点だった。