私は基本的に
"自分のことは自分でする"
を信条に生きてきた

それは
私が傲慢にならないようにするための
戒めのような言葉だったし

親から自立するため
自分を鼓舞する合言葉だった
気がする



"自分のことは自分でする"
がエスカレートして

自分のことは自分でする
ことだけが素晴らしい
自分でできなかったら価値がない

そう発展してしまったような気がする

だから
誰かに助けを求められると
"自分でやって"
って思ってしまう私がいた

もっと言うと

私だって自分でやってるんだから
あなたも自分でやって

ってことです

もし私が自然体で相手に
"自分でやって"
って思うのであれば

"自分でやって"ってだけ
ただそれだけの純粋な
気持ちなんだと思う

私だって頑張ってるんだから
とは思わないはず

自分が自然体でないと
相手にも同じもの(頑張ること)を
求めてしまうのです



私、一人で頑張ってたんだなぁ~
それさえも気づいてなかったくらい
一人でやることが当たり前だった

だから
他の人となかなか繋がれなかったんだね

頭(顕在意識)は
みんなと繋がりたいと願いながら
一人で、自分ですることを
潜在的に願ってた

潜在的に願ってることの方が
叶いやすいから

一人でいる状況が
目の前に作られていたのね



この価値観、思い込み
とても根強い気がします
そう気付いても
奥深くにまだ納得できてない私がいます



まあでも
今は、そんな私でいいや音譜

いや~一人で頑張ったね~
っとねぎらってみる

それも
今の私を認めること

それに気付いただけでも一歩前進