「女優の末路なんて惨めなもんです」

 

私は背筋がゾクッとした。

 

この言葉を発した時、高峰は無表情だった。

 

(『高峰秀子の言葉』高峰秀子/文春文庫/P152より)

 

 

 

 

 

 

昭和の大女優、高峰秀子さん(故人)

 

高峰さんのすごいところは、

 

 

 

 

 

 

芸能界という「世間とはかけ離れた価値観の環境」で、

 

子役の頃からずーーーーーーーっとチヤホヤされ、

 

成長したらずーーーーーーーっとトップ女優だったのに、

 

そこに溺れることがなかったこと。

 


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31歳のときに、

 

キラキラのボンボンじゃなく実直で働き者の男性と結婚。

 

高峰さんが「出たい」と言えば、

 

二つ返事で主役の座を用意してもらえる「女優」という仕事に執着することも全く無く。

 

 

 

 

 

結婚後は主婦業を主軸にして生き、

 

55歳で女優業からは完全に身を引いた。

 

 

 

 

 

そして、

 

体が動くうちに、

 

大邸宅は未練なくぶっ壊し、

 

モノをうんと減らしたコンパクト(と言っても超一等地の広い平屋)な家に作り替え。

 

 

 

 

 

 

老齢期にはいると、

 

高峰さんを「かあちゃん」と慕った女性を養女に迎えて、

 

(高峰・松山夫妻にはお子さんがいませんでした)

 

 

 

 

 

 

自分が先立った後、

 

最愛の夫を独りにさせなかったこと。

 

 

 

 

 

もう天晴れだな!!

 

と。

 

 

 

 

 

一方では、

 

トップ女優として特別扱いされまくり、

 

一方では、

 

学校にもろくに行かせてもらうことができず、

 

稼げるようになってきたら、

 

それをむしり取っては乱費する義理の親や親族たちに苦しまされる。

 

 

 

 

 

という

 

とてもアンバランスな青年期を送ったのに、

 

それに流されてしまわなかったのがすごすぎる。

 

 

 

 

 

本当に利口な人だったんだろうなぁ。