ジェンツーと話をしていると

何度も何度もこの言葉を口にします。

 

「新小鬼は・・・」

「新小鬼の・・」

「新小鬼に・・」

 

新小鬼ってなんだ?

と思っていたら、新高2だった。

年度の変わり目は、2年生が“今”の2年生なのか

“今度”の2年生なのか分からないため、“新”を

付けて区別しているのだけれど・・・

“高”まで付ける必要なくない?

新2年(生)でいいじゃん。

SJK(セカンド女子高生)の思考はよく分からん。

 

 昨年末(12月)辺りから

年度末(3月)に向けて怒涛の様に仕事が降って湧いてきて

にっちもさっちも行かない毎日を過ごしていましたが、

なんと!昨日になってポッカリ仕事が無くなりました。

イヤ、スケジュール的にはキッツキツで31日(土)も、ヘタをしたら

4月1日(日)も出勤しないと終わらないよなーと思っていたん

ですよ(一応、今年は4月2日が年度初めになるので、その前日

までが“年度末”扱い)。

そしたらボス(私ら仕事を調整している人)から

「量が多すぎて今月中に終わらないから、来週か再来週まで

延長してもらうことになった。」

と言われ、急激に仕事の密度が減りました(笑)。

3日で終わらせようとしていたことを、+10日、13営業日で

終わらせればいいって・・・それができるならもっと早く

言って欲しかったわー。

 

やることが無くなった訳ではないですが、少なくとも昨日から

やる予定でいた(そして4月2日までに終わらせようとしていた)

作業は、仕切り直して来週から始めることになったので

今日は仕事してるっぽくしていればいい一日になりました(笑)。

 

 本日アトくんが旅立ちました。

享年、だいたい19歳半。

私がアトくんを・・・うちでは『アッチ』と呼んでいたので、

ここからはアッチと書きます。

私がアッチを家に連れてきたのが1998年10月30日だったので、

我が家の家族となってから19年5ヶ月弱です。

長生きしました。

でもあと半年、あと7ヶ月、あと・・・ずっと長く生きて欲しかったです。

 

先月病院へ行き、処方された薬を飲ませ始めてから

10日くらいから足がムクムクと太りだし、

2週間後にライオン、最近は象のように大きくなっていました。

ガリガリに痩せていた頃にしたら一見健康的になったけど、

背中は相変わらず骨が飛び出るほど痩せていて、

単に薬の影響でむくんでいただけなんですけどね。

 

薬がなくなった頃に再診。

体重を計ったら5.15キロありました。

前回が3.4キロだったので、わずか3週間ばかりの間に

2キロ近く体重が増えたのです。もちろん薬の影響です。

だってエサなんてほとんど食べていなかったもん。

その時点で薬を変えてもらい(利尿作用があるものに変更)

様子を見ていたのですが、むくみは引かず。

 

そうこうするうちにエサをまったく食べなくなり、

2,3日前から水も飲まなくなりました。

1ヶ月前と同じ症状です。

1ヶ月前はそれでも歩けていました。今回は体重が増えた

こともあって、自力歩行が困難になりました。立つのもやっと、

歩くのもヨタヨタ。でも歩けなくなったから水が飲めなくなった

訳ではなく、私がストローを使って飲ませても飲みたがらないし

無理に入れても吐き出すこともありました。

 

病院へ行けば点滴を打ってくれます。飲まず食わずでも

数日はもちます。

でも、決して元気になるわけでもないし、薬を飲ませたって

病気が治るわけではない(薬は、現状を悪化させないための

ものです)。結局は延命です。

私は、生きてくれるものなら毎日点滴をしてあげたって

いいくらい。でも、アッチがそれを望むか?

半年後に孫の結婚式があるからそれまでは何としても

おばあちゃんを生きさせたい・・

あと1年生きれば長寿世界記録樹立!・・

などという使命も目標もない。あるとするなら“20年”

という区切りだけ。それはアッチの望みではなく、私たち

人間側のエコです。

 

延命はしない。

 

だけど、本当につらくて苦しくて

医師から安楽死の選択肢を提示されたらどうするか?

つらい。

『お願いします』と言わなきゃいけないのだろうけれど、

言ったら一生後悔しそうな気がする。

言わなくても一生後悔するかもしれない。

 

いろんなコトを考えながら、

今日、会社を早退して病院へ連れて行くことにしました。

連れて行くからにはまず、点滴は打ってもらう。

安楽死の話が出たら『家族と相談します』と言ってひとまず

持ち帰る。

ここまで決めて、昼休み中に予約の電話をしたら

「今日はもういっぱいで・・・。急ぎます?」

と言われました。

急ぐのか?と言われても、実はその日の朝の段階ではまだ

それほど危険な状態ではなかったので、

「じゃあ、明日の朝イチで」

と言って電話を切りました。

切ってから、やっぱり急いだほうがいいよなー、点滴だけでも

してほしいなー、とうだうだ考えたけど、

結果的には今日、病院へ連れて行かなくてよかったと思っています。

 

ジェンツーと一緒に帰宅したら、朝と体の向きが180度変わって

いて、場所も微妙にズレていました。動いたのかな?

と思って見たら、おしりから黒い液体のようなものが出ていて

それを避けるように位置をズラしていたようでした。

うんちとは違うような、でも血液でもない。

その始末をしておしりを拭いて、またスポイトで飲ませたけど、

口の周りというか歯茎の辺りがやたら白くねばついていて

こりゃもうダメだな、と分かりました。

 

話は前後しますが、ワタシ、要介護の母を看取りましたが

ほとんどは病院とか施設にお任せしていて、おむつの1つも

取り替えることなく介護は終了しました。今回、猫とは言えども

アッチの介護はしっかりしましたよ。

トイレ砂の容器のヘリにうんちをするようになったら朝晩

うんちの始末と掃除をしたし、おしっこも砂の外にしだしてからは

砂ではなく新聞紙やら紙のシーツを床中に敷き詰めました。

そろそろおむつが必要かな?なんて思っていたくらいです。

 

閑話休題。

明日まではもたない、と思った時

考えたのは、とにかく安らかに逝ってもらうことでした。

黒い液体が漏れるたびに苦しそうに鳴くのでさすりました。

そうすると鳴かなくなるのだけれど、それはさすっている私に

気を遣っていたのか、苦しさが少しは和らいだのか。

分かりません。

息をするのがつらくなってくると、喉をまっすぐにするようにして

気道を確保しているようでした。

もういいよ、

頑張らなくていいから、

つらいね、

今まで頑張ったよね、

長い間ありがとう、

感謝しているよ、

大好きだよ。

そんな言葉を掛けながら、さすってあげることしか

できませんでした。

小学校から今まで、泣いたことなんて数えるほどしかない

ジェンツーも号泣。もちろん私も号泣。

 

医者ではないから正確な時間は分かりませんが

3月23日20時35分頃、

アッチは苦しみと辛さから解放されて旅立ちました。

亡くなる時は安らかだったと思います。

 

延命も安楽死もなく、

大好きな(好きだったかなぁ?)家族に見守られて

良い往生だったと思います。

 

 

ダラダラととりとめもない駄文を最後まで読んでくださって

ありがとうございました。