昨日のインドメディア、CounterCurrents掲載、「One China, Old Empires, and the Return of Militarised Power(一つの中国、旧帝国、そして軍事化パワーの復活)」。執筆は、研究者兼フリーランスライターのランジャン・ソロモンRanjan Solomon博士。

 

米国のインド太平洋戦略、台湾をめぐる紛争、日本の再軍備化に起因するアジアの地政学的緊張の高まりは、地域秩序を再構築しつつあり、構造的な不信感によって特徴づけられる「新たな冷たい平和」を生み出している。この変化は、中国海軍の活動を監視する「第一列島線」防衛戦略によって特徴づけられる。一部はこれを台頭する大国への封じ込めと見る一方、他方ではこうした動きを、漸進的とはいえ地域パワーバランスの潜在的な転換と解釈している。

アジアは再び、自らの意思によらない世界的な権力闘争の渦中に置かれている。台湾をめぐる緊張の高まり、日本の加速する再軍備、そして米国のインド太平洋地域への戦略的軸足移動は、地域の不安定さというより、不可逆的な世界パワーシフトに直面する衰退する帝国たちの不安を露呈している。「民主主義」「ルールに基づく秩序」「航行の自由」といった言葉の下に潜むのは、従属を拒むあらゆる勢力を支配し、封じ込め、服従させるという、おなじみの帝国主義的本能である。

この人為的な危機の核心には、歴史の意図的な歪曲がある。特に「一つの中国」原則は、西洋の議論では常に交渉可能な主張として扱われるが、実際には確立された国際的合意である。

2025年末から2026年初頭にかけて、「一つの中国」原則、歴史的帝国主義的ナラティブの復活、そして急速な軍事近代化が交錯し、中国の新たな強硬姿勢の時代を定義している。習近平国家主席の下、中国人民解放軍(PLA)は、国家の復興を確保し、世界的に軍事力を投射し、領土主張に対する支配を主張するために設計された世界クラスの軍隊へと変貌を遂げつつあり、特に2027年の建国100周年という目標に焦点を当てている。中国の軍事開発の主な推進力は、2027年までに台湾を武力制圧または強制的に併合する能力を達成するという目標である。これに伴い、2020年から2024年にかけて200%急増した人民解放軍の侵入活動が活発化している。

この主張は、台湾、南シナ海、国境地域などの領土が「不可分」な性質を持つことを強調し、国家主権と「屈辱の世紀」終結に不可欠な要素として位置付けている。

一方、日本は1945年以降の専ら防衛的・平和主義的な姿勢(憲法第9条に基づく)から離れ、「普通の」軍事大国へと移行しつつある。2000年代半ば以降、安倍晋三首相、そして後に高市早苗首相(2025/2026年後半時点)の下で加速し、日本は「反撃能力」と大幅に拡大した防衛予算に焦点を当てた国家安全保障文書を改訂した。

日本は現在、中国を公式に「前例のない戦略的挑戦」かつ「差し迫った安全保障上の懸念」と位置付けている。この軍事活動の急増は、19世紀末から20世紀初頭にかけての地域支配をめぐる競争(例:日清戦争)を想起させる、日中間の地域的対立への回帰と見なされている。

一つの中国原則:国際的な解決であり、中国の主張ではない

中国の国際的代表権問題は、1971年に国連総会が決議2758号を採択し、中華人民共和国を中国の唯一の正当な代表として承認したことで、決定的に解決された。この決定は単なる手続き上の整理ではなく、歴史的現実を反映し、数十年にわたる外交上の虚構に終止符を打つ決定的な地政学的解決であった。台湾は独立した主権国家として承認されず、この問題が後日再解釈される余地も残されなかった。

それ以来、大陸、イデオロギー、政治体制を問わず180カ国以上が「一つの中国」原則に基づき中華人民共和国と外交関係を樹立して来た。この持続的かつ統一的な国家慣行は、同原則を法と慣習の両方に根差した国際関係の基本規範へと昇華させた。今日これを問うことは国際法の擁護ではなく、戦略的目標達成のための法秩序の破壊に他ならない。

しかしまさにそれが現実となっている。戦略的曖昧性が武器化され、外交言語は空洞化し、軍事化は慎重策として提示される。不安定化の責任は中国に転嫁され、外部勢力が武器や同盟、戦争レトリックを注入する一方で、この地域は次の世界戦場となることを望んでいない。

帝国の記憶と台湾問題

台湾問題は、中国への帝国の長きにわたる侵入の歴史から切り離して考えることは出来ない。台湾が本土から分離したのは、自己決定の結果ではなく、日本の植民地支配と中国内戦の未解決の遺産、さらに冷戦介入が重なった結果である。アヘン戦争から日本占領に至るまで、中国の近代史は外国の強制による屈辱に彩られている。したがって中国にとって主権は抽象概念ではなく、存在そのものの問題である。

かつて中国を租界に分割した西欧諸国が、今や中国の周辺地域の守護者を装っている。この皮肉は痛烈だ。一世紀以上にわたり中国の主権を否定した同じ勢力が、今や中国に自制を説きながら、自らには同様の基準を適用することを拒んでいる。いかなる西欧国家も自国の核心的領有権主張地域における外国の軍事化を容認しないだろう。それにもかかわらず、中国にはまさにそれを受け入れることが求められている。

日本の危険な忘却

日本の軍事的積極性への回帰は特に憂慮すべき事態である。アジアは日本の帝国主義的過去——中国、朝鮮、東南アジアにおける侵略、残虐行為、植民地支配——を忘れてはいない。その歴史は遠い昔のものではなく、記憶とトラウマ、未解決の責任問題として今なお生き続けている。日本の戦後平和憲法は押し付けられた重荷ではなく、地域を守る盾であった。

しかし今日、日本は再軍備と米国による中国封じ込め戦略への同調を通じて戦略的意義を求めようとしている。先端技術は軍事拡大のために転用され、歴史的責任は静かに脇に追いやられている。これはリーダーシップではなく、後退である。信頼構築と協力を必要とするアジアに、代わりに提供されているのはミサイルと軍事演習なのである。

米国と衰退への恐怖

台湾問題の激化は、米国の帝国的衰退の兆候として理解されねばならない。第二次世界大戦終結後初めて、米国は容易に支配出来ず、制裁で屈服させられず、打倒も出来ない勢力と対峙している。中国の台頭は単なる経済的成長ではなく、文明的な飛躍である。

中国は数億人を貧困から脱却させ、世界最大の産業基盤を構築し、インフラ、再生可能エネルギー、人工知能、宇宙探査において技術的ブレークスルーを達成し、世界のほとんどの地域にとって主要な貿易相手国として台頭した。その経済規模は今や他の全ての勢力を圧倒し、サプライチェーン、開発モデル、そして国際機関を再構築しつつある。

この台頭は植民地略奪や軍事征服によってもたらされたものではない。長期的な計画、国家能力、そしてしばしば西洋の制度が設定した条件下での世界経済との統合を通じて実現した。こうした制約にもかかわらず中国が成功したことが、旧来の秩序を揺るがす所以である。

この変革を経済的に逆転させられない米国は、軍事化と同盟構築に頼り、地域のプレイヤーを対立姿勢へと引きずり込む。これは誰の利益にもならない。台湾は駒となり、日本は前線基地となり、アジアはエスカレーションの舞台となる。

軍事化は安定ではない

軍事増強を抑止力と描くことは、歴史が教える最も基本的な教訓を無視している。軍拡競争は平和ではなく不安を生み出す。アジアの未来はNATO式ブロックや冷戦復活主義にあるのではなく、地域の自律性、経済協力、外交的成熟にある。アジアの人々―中国人、日本人、韓国人、台湾人、東南アジア人―は大国間の対立の巻き添えになることで利益を得ることはない。

したがって今日、一つの中国原則に異議を唱えることは、原則に基づく行為ではなく挑発行為である。それは確立された国際的合意を不安定化させ、国際規範を侵食し、破滅的な結果をもたらす紛争を引き起こす危険性を孕んでいる。

アジアの未来は軍事化を超えて

アジアは岐路に立っている。旧帝国が武力と恐怖によって未来を再構築することを許すか、それとも平和と法と主権を堅持するか。その選択は難しくないはずだ。

アジアの未来は、空母やミサイル防衛システム、あるいは20世紀の欧州の惨事をはるかに大規模に再現する軍事同盟の復活の上に築くことは出来ない。むしろ非軍事化、地域の主権、文明間の対話——支配によって安全保障が達成されるという論理を意図的に拒絶すること——に依拠しなければならない。アジアは世界最古の文化の故郷であり、世界人口の大半を擁し、世界経済成長の原動力である。その運命は協力、貿易、文化交流、共同発展にあり、外国勢力の恒久的な舞台となることではない。台湾問題の軍事化、日本の再軍備、中国への戦略的包囲網は、アジアの利益ではなく帝国主義的不安を助長する紛争へ地域を巻き込む危険性を孕んでいる。アジアの平和を主張することは、無知ではない。それは歴史的知恵である。国際的合意によって維持される一つの中国原則は、まさに強制を拒絶するからこそ安定の枠組みを提供する。アジアが直面する真の課題は、大国間の対立で陣営を選ぶことではなく、衰退する帝国の廃墟を継承することを拒み、代わりに尊厳と節度と平和に根ざした未来を主張することにある。

 

カワラヒワ