ネット社会になり、様々なことがアナログからデジタルに移り変わっている。

 

商品やサービスだけでなく、「信用」という心理的なものまで、デジタル化されたようだ。

 

信用とは、ひと昔前まで「素性」をさしたと思う。

 

「どこの馬の骨」とか「親の顔が見てみたい」という言葉にみるように、生まれた土地や血筋、家柄、生まれや育ちが信用の基盤だった。

 

でも、今はそんな時代じゃない。

 

ネット取引や海外取引にまで「素性」云々言っていたら何もできなくなってしまう。

 

じゃあ、現代は何をもって「この人は信用できる」と判断するのか。


これが今回のテーマだ。

 

ネットマーケティングの世界では「一貫性」が大事だと言われている。

 

商品コンセプトやメディアでの発信などがひとつのコンセプトに貫かれていると人は信用するということである。

 

「本当?」と疑ってしまいそうだけど、考えてみれば私も「一貫性」を頼りにしていた。

 

この間Twitterを見たと言う人からあるオンラインサロンのお誘いがあった。

 

私はDMというものを胡散臭いと思っているので、このようなお誘いはだいたい無視することにしている

 

でも、この時の招待は、パッと見の雰囲気が胡散臭く無いので中身を読むことにした。

 

どうやら本当に、Twitter、ブログ、会社のHPを見た上での誘いらしい。

 

内容はまさに興味のある分野だった。

 

でも、「ちょっと待てよ、まだ信用できるとは限らない」と考え、今度はこちらが相手を調べることにした。

 

その人のTwitterやブログや所属する団体などだ。

 

調べた結果、メディアで語っている内容がおおよそひとつのテーマで一貫しており、この人物の理念が伝わってきた。


今回の誘いもその一貫だと分かった。


これにより「この人は信用できる」と判断した。

 

確かに、内容が一貫しているからと言って信用できるとは限らない。

 

詐欺師だってやろうと思えばできなくもない。

 

ブログやTwitterの内容も必ずしも人物像を担保するものではない。


実際に会ってみたら「え、こんな人だったの?」ってことはよくある話だ。

 

でも、疑ったらきりが無い。


どこかで信じなきゃ人間前に進めない。


その際、手がかりはやはり「一貫性」だろう。


人間性は日々の言動に現れるもので、それは隠そうとしても隠せないものだと思う。

 

これがネット時代における「信用」の判断材料なのだと思う。