■嫌いという感情は「期待の裏返し」である。

哲学者の中島義道氏によると「嫌い」の原因は8つに分類できるらしい。

 

  1. 相手が自分の期待に応えてくれない
  2. 相手が現在あるいは将来自分に危害(損失)を加える恐れがある
  3. 相手に対する嫉妬
  4. 相手に対する軽蔑
  5. 相手が「自分を軽蔑している」という感じがする
  6. 相手が自分を「嫌っている」という感じがする
  7. 相手に対する絶対的無関心
  8. 相手に対する生理的・観念的な拒絶反応

 

ほとんどの「嫌い」は1が基盤となり、3か4に移行し、8に至って「嫌い」は完成されるという。

 

だとすると「嫌い」の原因は相手にあるのではなくこちらにあることになる。

 

言われてみればそうかもしれない。


こちらの思惑どおりに行かない時、相手のせいにするために「嫌い」という表現をしていたと思う。

 

って話をすると、つぎのような反論がでそう。

 

何の理由もなく殴りかかってきた人を嫌うのはどうなんだ。


これでも、こちらに原因があるっていうのか?

 

でも、考えてもらいたい。

 

これって「嫌い」というより怒りか恐れじゃないかな。


中島氏が指摘しているとおり「嫌い」には嫉妬や軽蔑が含まれている。


怒りや恐れが本能的なのに比べて「嫌い」は頭の中で作り上げた心理表現である点が異なる。


これに気づかないと「嫌い」の克服はできない。

 

 

■どうやったら「嫌い」という感情をコントロールできるのか?

 

さて、どうやったら「嫌い」という感情をコントロールできるのだろうか。

 

嫌いの正体が「期待の裏返し」だと分かったとしても、それだけじゃ何の解決にもならない。


嫌わないためには「一切誰にも期待しない」が答えになってしまうからだ。


それではまるで修行者である。

 

問題は、「自分の期待」と「相手の期待」の接点をどうやって見つけるか?じゃないかな。

 

例えば、次のようなやり取りが考えられる。


私「あなたに○○の分野で力を発揮してもらいたい」


相手「ちょうどよかった、私も○○の分野を勉強中だったんだよね」

 

でも、こんな偶然、早々ないよね。

 

ほとんどは、こちらがちょっと目をつぶり「何とか一緒にやっていけそうだね」ってくらいかな。

 

大切なことは、過度に相手に期待するんじゃなくて、こちら側から目をつぶってあげること。

 

そもそも、「嫌い」の原因が自分にあるんだから、自分が目をつぶるしか解決策は無い。