嫌いという感情は「期待の裏返し」だそうだ。人は常に何かに期待し、それに反するモノを見つけると嫌悪、軽蔑、嫉妬をする面倒くさい動物ってことだ。いやあ、自分だけはどうにかしたいと思うけど、どうやら無理なようだね。期待は生きるエネルギーみたいなものだからね。
— 中村文昭@たいわや代表 (@jvl1S96EYxZz7R0) December 28, 2020
■嫌いという感情は「期待の裏返し」である。
哲学者の中島義道氏によると「嫌い」の原因は8つに分類できるらしい。
- 相手が自分の期待に応えてくれない
- 相手が現在あるいは将来自分に危害(損失)を加える恐れがある
- 相手に対する嫉妬
- 相手に対する軽蔑
- 相手が「自分を軽蔑している」という感じがする
- 相手が自分を「嫌っている」という感じがする
- 相手に対する絶対的無関心
- 相手に対する生理的・観念的な拒絶反応
ほとんどの「嫌い」は1が基盤となり、3か4に移行し、8に至って「嫌い」は完成されるという。
だとすると「嫌い」の原因は相手にあるのではなくこちらにあることになる。
言われてみればそうかもしれない。
こちらの思惑どおりに行かない時、相手のせいにするために「嫌い」という表現をしていたと思う。
って話をすると、つぎのような反論がでそう。
何の理由もなく殴りかかってきた人を嫌うのはどうなんだ。
これでも、こちらに原因があるっていうのか?
でも、考えてもらいたい。
これって「嫌い」というより怒りか恐れじゃないかな。
中島氏が指摘しているとおり「嫌い」には嫉妬や軽蔑が含まれている。
怒りや恐れが本能的なのに比べて「嫌い」は頭の中で作り上げた心理表現である点が異なる。
これに気づかないと「嫌い」の克服はできない。
■どうやったら「嫌い」という感情をコントロールできるのか?
さて、どうやったら「嫌い」という感情をコントロールできるのだろうか。
嫌いの正体が「期待の裏返し」だと分かったとしても、それだけじゃ何の解決にもならない。
嫌わないためには「一切誰にも期待しない」が答えになってしまうからだ。
それではまるで修行者である。
問題は、「自分の期待」と「相手の期待」の接点をどうやって見つけるか?じゃないかな。
例えば、次のようなやり取りが考えられる。
私「あなたに○○の分野で力を発揮してもらいたい」
相手「ちょうどよかった、私も○○の分野を勉強中だったんだよね」
でも、こんな偶然、早々ないよね。
ほとんどは、こちらがちょっと目をつぶり「何とか一緒にやっていけそうだね」ってくらいかな。
大切なことは、過度に相手に期待するんじゃなくて、こちら側から目をつぶってあげること。
そもそも、「嫌い」の原因が自分にあるんだから、自分が目をつぶるしか解決策は無い。