ところでOJTって何するの? 先輩社員の持っている知識って何? それをどうやって教えるの? それで人は本当に育つの?
新しい仕事ってのは、基本的に、誰かからやり方を教わらないと始まらない。
その際、先輩から教わるのが一番早い。
これをOJT(On-the-Job Training)と言う。
OJTなんて言うと、新人向けのイメージが強いけれど、OJTに年齢制限があるわけじゃない。
年配者だって、自覚がないだけで、実はOJTをやっているものだ。
実は、私も最近OJTを受けたばかりである。
どういう風にやったかと言えば、以下のとおりのプロセスだった。
①まず何をするのかざっくりとしたレクチャーを受けた。
②次に実際にやっている場面に同行し、実践場面を見た。
③何度か実践場面を見たら、頃合いを見て、見様見真似をやってみた。
④その見様見真似は他人のやり方のせいかしっくり来なかったので、自分のやりやすい方法を考えてみた。
⑤その方法を内部の打ち合わせで開示し、メンバーとともにブラッシュアップした。
⑥その新しい方法を試してみた。
⑦試した結果どうだったか、相手の反応や意見を聞いた。
⑧その反応や意見を踏まえ、内部の打ち合わせでメンバーと一緒に改善策を練った。
⑨再び⑥へ戻り、繰り返した。
一般的なOJTって、「やって見せる」→「説明する」→「やらせてみる」→「補修指導をする」なんだけど、私が行ったOJTは「説明を受ける」→「やって見せてもらう」→「やってみる」→「自ら改善する」である。
後者の方がボトムアップ的である点は留意してもらいたい。
年配者は、こういうやり方が向いていると思う。
実は上の①~⑨のプロセスは、ナレッジマネジメントにも通じている。
ナレッジマネジメントって、ざっくり言えば、組織内の知識をどうやって創造・定着させるかの理論なんだけど、OJTと重なるところは大きい。
■S 共同化(Socialization)
暗黙知とは、経験的に使っている知識にも関わらず簡単に言葉で説明できない知識のことである。
この暗黙知をどうやって他者に伝えるか、これがOJTの肝だと考えている。
でも、これが非常に難しい。
例えば「自転車の乗り方」という暗黙知を、どうやったら言葉で説明できるか、ちよっと考えてもらいたい。
どうだろう、暗黙知を言語化するのってすごく大変だってことが分かると思う。
「なぜ、OJTは見せるから始まるのか?」 と言えば、暗黙知の性質上、こうするしかないからなんだよね。
でも、残念なことに、言語化を避けて、ただ見せるだけだと、暗黙知が意図どおりに伝わることはまず無い。
人間には、人それぞれ「準拠枠」という対象を認識する際に使われる判断の枠組みがあって、同じものを見ても同じ認識にはならないからである。
例えば、夕焼けに対する認識は人さまざまだ。
「あ、もうこんな時間か」と思う人、「明日は天気かな・・・」って思う人、ノスタルジックな気分に浸る人、そもそも興味ない人・・・。
夕焼けなら、それでも構わないだろうけど、ビジネスだったらそうはいかない。
それぞれの「準拠枠」に従い、みんなバラバラな認識で、次の行動を決めてしまったら、会社は成り立たない。
それを防ぐため出来る限り暗黙知を言語化して、お互いの準拠枠のすり合わせる(レディネスづくりする)必要がある。
■E 表出化(Externalization)
さて、暗黙知はできる限り言語化した方がよいのは分かった。
問題は、どうすれば暗黙知を言語化(表出化)できるのか? じゃないかな。
これは私のやり方だけど、まず情景をイメージしてもらい、それを言葉で語ってもらったら良い。
先ほど、難しいと言った「自転車の乗り方」でも、頑張れば誰でも次の例くらいのものは作れる。
もちろん、これを伝えたところで自転車に乗れるようになるわけじゃない。
でも、これをすればお互いの「準拠枠」が顕になり、認識のすり合わせが可能になる。
この例だと、「ブレーキ、ペダル、といった言葉の説明がない」「年齢、場所などの前提条件が省かれている」「心構えや注意点など省いている」などから、この人の「準拠枠」が伝わってくる。
対して、この説明を聞いた人はどうか。
もし慎重な人だったら、いきなり乗り方の説明をするよりも、必要最低限の事柄から教えてもらいたい、と思うかもしれない。
そんな二人が話し合いをすれば、「興味・関心の程度」「思い込み」「疑問を感じる個所」など、教えてもらう側の「準拠枠」も顕になる。
そして、お互いの認識をすり合わせれば、手本を見せ方も、工夫されたものになる。
※ここではあくまでも大人のOJTの説明である。子どもが自転車に乗れるようになるには、言葉で説明するよりも、まず手本を見せることが大事なのだそうだ。発達度が低い段階は、トップダウン型のOJTの方が有効と言える。
■C 結合化(Combination)
暗黙知が言語化(形式知化)されれば、その形式知を組み合わせて新たな形式知が生み出せるようになる。
これを結合化と言う。
例えば、自転車の乗り方は「真っすぐ前をみること」が大事だとしたら、ある人は「これってスキーのノウハウと一緒じゃん」と気づき、そこから「進む方向をしっかり見ることが大切だ」といった抽象度の高い形式知を得ることができる。
そして、そこから「まずスタートする前に目標物を定めよう」「その目標物に対して体の向きが真っすぐか確認しよう」といった、新たな形式知を生み出すことも可能になる。
その結果、先ほどの言語化例では6点しか項目が無かったけど、新たな形式知が加わることで項目数は何倍にもなっていく。
■内面化(Internalization)
新しい形式知が多数出来上がれば、周囲に対してより精緻にレクチャーが可能になる。
これが内面化だ。
これによって個人的なノウハウが集団に広まる。
でも、注意してもらいたい。
たとえ内面化のつもりでも、形式知を形式知のまま押し付けたら「悪しきマニュアル主義」になってしまう。
OJTを進めているうちに、形式知が増えて、どんどんマニュアルは分厚くなるかもしれないけれど、それ自体はスキルではない。
スキルはあくまでも個人の中にある暗黙知だ。
新しい形式知と言えども、それは暗黙知をより多く引き出すための準拠枠(フレーム)の提示でしかない。