巷の「働き方改革」は、権利や義務の話に偏りすぎじゃないかな。本来、働き方って自由と責任で選択するものだと思うけど、どうだろう。
経営者からは「働き方改革のせいで残業がさせられなくなった…」、従業員からは「働き方改革のせいで残業ができなくなった…」みたいな話を聞かされることがある。
まるで「残業権」とか、「残業義務」でもあるかのような言い方である。
でも、ちょっと目線を引いてもらいたい。
みんなもとっくに分かっていると思うけど、年功序列や終身雇用は、ほとんど崩壊している。
いくら会社に依存したところで、必ずしも生活は保証されない世の中になっている。
フリーランス、契約社員、限定正社員、テレワークなどが増えているのも、そういう時代背景があるからだ。
つまり、働き方改革を求めているのは行政じゃなくて、あなた方、雇用主や働き手なのである。
だから、法律のせいにするのは、ちょっとお門違いに感じる。
ちなみに、働き方改革は、国内の事情だけで法制化されたわけじゃなく、もともとグローバルなシステム転換である。
視野を広く持たないと本質を見誤ってしまう。
働き方改革が逆風になっている商売があるとしたら、パートにやってもらわないと採算が合わないような労働集約的な商売じゃないかな。
労働集約的な商売って、極端に言えば、原価≒非正規労働者(パート等)の賃金なわけだから、最低賃金が上がれば原価も同じ比率で上がってしまう。
今までなら、パートの勤務時間や交通費、福利厚生等を違法すれすれなテクニック?でごまかせたかもしれないけど、その手はもう使えない。
もし人手が足りなければ、今までなら正社員にサービス残業でもさせれば良かったけれど、これももう無理だ。
要するに、少ない賃金でたくさん働かせるやり方は、もう出来 ない。
残った手段は、クラウドか何かを活用して、徹底的に効率化するくらいだろう。
「だったら発注単価を上げてもらえばいいじゃん」って簡単に言う人もいるけれど、現実はそう甘くない。
別に発注者がセコイから、ってわけじゃない。
労働集約的な商売は、価格が発展途上国の水準に引っ張られるし、いずれAIやロボットに取って変わられる産業なので、値上がりの可能性は薄い。
今のところ、社長との人的つながりなどで、発注単価をギリギリ合わせてくれているのかもしれないけれど、それもそろそろ限界じゃないかな。
だとしたら、労働集約的な商売をやっている経営者は、新たな付加価値事業が見つかるまで、ありとあらゆる手段を使って生存競争に勝ち残るしかない。
いや、経営者だけじゃなく、従業員だって似たようなものだ。
会社どころか、産業自体がいつまで存在できるのか分からない時代になるのだから、働き手もまたサバイバルである。
でも、これって見方を変えればチャンスとも言える。
イノベーションも、人生の転機も、たいがいこういった時代の転換点から生まれている。
この状況を生きのこった時、その企業は新しい組織文化を手に入れているに違いない。