PDCAサイクルって組織マネジメントにはまったく適してないと思う。もともと大量生産型の生産管理手法だし、何より「続かない」という欠点がある。それよりも、しっかりとした目標を設定して、トライさせた方がよっぽどマネジメントサイクルは回る。

 

■PDCAの問題点

PDCAって外国の有名な学者が考え出したって思い込んでいる人が多いけど、戦後、エドワーズ・デミングが日本科学技術連盟で講演した際、この講演を聞いた日本科学技術連盟の幹部がPDCAを提唱したものだ。

 

つまり国産である。

 

でも、デミングに言わせたら、このPDCAサイクル、科学的方法論(問題の発見→仮説の設定→結果→分析→結論)を踏まえていないので、正しくないらしい。

 

チェック(本来の意味は停止・監視である)じゃなくて、仮説・検証じゃないか、のような指摘をしたと言う。

 

だからデミングは、わざわざ、没年である1993年に学習と改善のためのPDSAサイクルとして、Plan(計画)、Do(実行)、Study(調査)、Act(行為) を提唱している。

 

じゃあ、なんで、この間違った手法であるPDCAが日本では何十年も生きながらえたのか。

 

それはたぶんそのころの日本が大量生産型の工業社会だったこともあり、たまたまPDCAはその実態(トップダウンで機械論的な労働管理)に合っていたからだろう。

 

確かにそのころのライン生産の現場では、問題を発見したらラインを停止(check)し、その改善をAction(行動)していた、のだから、まさにPDCAだった。

 

でもこれは、たまたまそのころのやり方に当てはまっただけであり、仮説・検証タームがないから、現在のように不確実性の高い時代には通用しない。

 

少なくとも会社経営にPDCAを導入するのは止めた方がよい。

 

実は私も、PDCAの解釈をあれやこれやとアレンジし、会社全体のマネジメントに使えるように努力したことがある。

PDCAを何とか使いこなすには 2016/11

 

でも、うまく行かなかった。

 

PDCAという言葉を使ってしまうと、どう解釈を加えようとも、いつの間にか「まずプラン」、「指示型のドゥ」、「できなかった点のチェック」、「上意下達の改善」という流れになってしまう。

 

そして、機能しなくなって、PDCA会議は形骸化するのが常だった。

なぜまっとうな経営者なのにブラック企業になるのか? 2017/5

 

■プランより目標が大事

目標設定理論ってのがある。

 

ざっくり言えば、次の目標を持てば効果が上がるという理論だ。

 

【目標設定理論の4条件】

・困難な目標を持つ

・明確な目標を持つ

・目標に対する高い受容度

・フィードバックがあればなおさら良い

 

この理論、組織科学理論の学者たち何人かは、様々な組織科学理論なかでも妥当性・実用性示した数少ない理論だ、というような感じのことを言っている。(miner.j.b1984、pinder.c.c1984など)

 

確かに組織科学って、例えばモチベーションひとつ取り上げでも、実験の仕方で正反対の結果がでたりして、なかなか結論に到達しない。

 

その中において目標設定理論は結論のある数少ない理論と言える。

 

さて、その目標設定理論だけど、現在ではさらに研究が進み、「目標に対する高い受容度」について、さらに具体的になっている。

 

達成目標理論(Dweck 1986, Elliot & Harackiewicz 1996, Elliot & McGregor 2001,Nicholls 1984)によると、目標は「マスタリー目標」と「パフォーマンス目標」に分かれる。

 

マスタリー目標は「習熟に対する目標」であり、パフォーマンス目標は「自分の評価を良くする、もしくは悪くしないための目標」である。


より効果が高いのは「マスタリー目標」の方らしいけど、これを持つことで人は習熟に対する意識が具現化されるとのこと。

 

例えば、人は「対話能力を鍛えたい」ってマスタリー目標が持てば、「どんな理論を覚える?」「どんなセミナーに参加する?」「どんな資格が有効?」という風に、習熟意欲が自然に湧くところがある。

 

■そもそもプランなんていらない

プランと呼ばれるものが、得てして金の願望を記載しただけのインチキ書類になってしまうのは、結論ありきの金のトップダウンだからだと思う。

 

そんなプランを従業員に押し付けたっていいことはひとつもない。

 

経営者が株主や金融機関にしたコミットメントなんて従業員には関係ないし、受容度の低い目標を押し付けたって従業員のモチベーションが下がるだけだ。

 

そもそも絶対に予定通りに行かないプランを年度始めに押し付けて、1年間監視することにどれほどの意味があるのか。

 

株主へのコミットメントを部下に丸投げしたって会社は良くならないだろう。

 

経営者がやるべきことは、受容度が高く、ストレッチかつ明確な共通目標を作り上げ、都度、従業員と対話し、人の成長と事業の進化のサイクルを回し続けることだと思う。

 

ちなみに共通目標には、長期と短期がある。

 

長期はビジョンのことであり、短期は、例えば、4か月後の売り上げを○○万円にするには、今月○○をすることだと従業員が納得する形でまとめ上げることである。

 

こういう仕組みが出来た時、マネジメントサイクルは回るのだと考える。

 

※ちなみに私はプランそのものを否定しているわけじゃないよ。抽象概念を言語化・見える化して、様々な関係性の整合性を図ることは大切だと思っている。批判しているのは、欲望や願望ゆえの妄想か、既存で分かりきったことの延長線(リニア思考→銀行とかが喜ぶ)かの二種類でしか成り立たたないいわゆる「計画」である。

事業計画は絵に描いた餅か 2016/5

 

■G-TFIフレームワーク

さて、上記で紹介した理論を基に、PDCAに代わるフレームワークを作れないだろうかと考えてみた。

 

まず、目標設定理論を踏まえると、プランじゃなくて目標(ゴール)、ドゥじゃなくてトライ、チェックじゃなくてフィードバックとなる。

 

なお、フィードバックでは次のことを認識する

 

・活動中に自分のやり方がどうなっているのか

・目標の達成度がどのような水準に達しているか

 

フィードバックに関する実験では、早い時期に途中成績をフィードバックした方が、最終的な成績は向上したと結果が出ているようだ。

 

それから達成目標理論を踏まえるとインプルーブ(改善・上達)を入れる必要があると感じた。

 

英語のimproveは、「足りないことを補う」というニュアンスがあり、そこから「改良する」「改善する」という意味となり、「 進歩する」「上達する」という意味が生じていると言う。

 

フィードバックによって習熟に対する意識が刺激されれば、人は状況に応じて様々なインプルーブを行うということだ。


短期的な目標なら、改善かもしれないし、内省かもしれない。

長期的な目標なら、小さなG-TFIをやることかもしれないし、変化を受け入れて敢えてジタバタせず「空白期間」を設けることだってありうる。

とにかく人の発達って、停滞や退行を含みながら非線形的に進むので、インプルーブは何らかの形で現れると思う。

 

 

このフレームワークについて、ひとつ留意点がある。

 

GとT・F・Iは同列じゃないってところだ。

 

当たり前だけど、1回の目標設定に対して、トライ・フィードバック・インプルーブは何回も行う。